安倍晋三首相が健康問題を理由に辞意を表明したことで、8年弱に及んだ「アベノミクス」はひとまずピリオドが打たれる。まずはこの8年弱をデータを読み解くことで、何が成功し、何が誤算だったのかを振り返ってみよう。

アベノミクスは、大胆な金融政策、機動的な財政政策、投資を喚起する成長戦略という「3本の矢」で構成された。日本銀行による国債の大規模購入など異次元の金融緩和政策、防災・減災・国土強靱化の公共事業支出がその中心を担った。

もうひとつの基本的メッセージは、「経済成長なくして財政再建なし」だ。公的債務残高約1100兆円(GDP<国内総生産>比約2倍)と先進国で突出した最悪水準にある財政について、経済成長にともなう税収増を重視して、増税などの負担増は極力避ける姿勢をとった。

安倍首相在任中に2度の消費増税が実施されたが、これは第2次安倍政権より前の野田佳彦・旧民主党政権が自民・公明との3党合意で決めたものだ。

安倍首相自身は終始、増税には消極的なスタンスであり、「経済成長を実現すれば、税収増を通じて財政健全化の課題は解決する」という論法で一貫していた。

このようなアベノミクスについて、当初描いた将来想定と実際の帰結では、どんな相違があっただろうか。具体的な検証には、第2次安倍政権が発足当初に、アベノミクスの成果を前提として策定した「中長期の経済財政に関する試算」(2013年8月8日公表)を見るといい。ここでの将来推計値と実績値について、5つの指標(成長率、失業率、物価上昇率、国債費、財政収支)をグラフで比較してみよう。

まずは経済の成長率だ。

アベノミクスは当初、異次元の金融緩和政策が、金融マーケットにサプライズを与え、円安・株高を演出した。それを追い風に高額品を中心とした個人消費が拡大し、2013年度の実質GDP成長率は前期比2.8%増のロケットスタートを見せた。だが、早くも翌2014年度には、消費増税による成長率の落ち込みが想定以上に大きくなり、その後も低迷した。特に2018年度からは年率2%の目標から大きく乖離している。

ただ、安倍政権下では、成長率が目標に達しなかったというだけで、実際の景気は決して悪かったわけではなかった。若年人口の減少を背景とした人手不足がキーワードとなり、企業が非正規雇用から正規雇用への転換を含めて採用活動を積極化したのは、新型コロナ禍以前の記憶として鮮明だ。完全失業率の推移では、アベノミクスの成果想定を上回り、歴史的な低水準となっている。

景気はそれなりに良く、ほぼ完全雇用の状態が続いた。であれば、賃金上昇が進み、それにともなって物価上昇率も高まっていくというのが経済のセオリーだ。だが一部の非正規雇用を除いて賃金の伸びは限定的で、物価上昇率もさほど高まらなかった。

このことは、アベノミクスの戦略としては失敗と捉えられる。なぜなら、アベノミクスでは、大胆な金融政策によってデフレは払拭できると考えられており、日銀の黒田東彦総裁は異次元緩和の開始時に「物価上昇率2%の目標を、2年程度を念頭にできるだけ早期に実現する」と豪語していた。

それによって、実質金利(名目長期金利-物価上昇率)が低下し、企業の設備投資が拡大して一段と経済が拡大するというのが、アベノミクスの理屈だった。

実際の物価上昇率は以下のとおりだ。

この図で重要なのは、アベノミクスの当初想定では、物価上昇率が2%を超える程度まで上がり、それに対応して日銀が金融緩和を正常化(引き締め)していくことによって、名目長期金利も上昇していくと見ていたことだ。

しかし、実際には物価上昇率は十分に高まらず、その結果、名目長期金利も、2%の物価上昇率目標を達成すべく日銀が金融緩和をさらに強化することによってゼロ%前後に釘付けされることになった。

繰り返しになるが、このことはアベノミクスにとって「失敗」になるのだが、実は「国債費の抑制という裏側の効果としてはメリットが大きい」ことも強く認識されている。

名目長期金利は、政府が発行する国債の利払いの大小に直結する。アベノミクスの当初想定では、経済の拡大とともに税収が増える反面、名目長期金利も上昇するため、利払い費を含めた国債費も増えるという絵を描いていた。しかし、実際にはそうはならず、国債費の横ばいが続いている。

国債費の抑制は結果的に、アベノミクスが税収増の目標を含めて想定どおりの成果を上げられなかったにもかかわらず、財政健全化では一定の成果を上げる主因になった。下の図のように、コロナ危機が襲った2020年度とその前の2019年度を除けば、対名目GDP比の基礎的財政収支(借金にともなう歳入・歳出を除いた収支)の推移は当初想定から遠くない。


新型コロナウイルス感染症対策費が膨張した2020年度はある程度致し方ないと言えるが、2019年度の基礎的財政収支が悪化したのは、消費税率を8%から10%に引き上げたとき、増収分の使途の一部を借金返済から幼児教育無償化などに変えたためだ。安倍政権の後半では、経済財政運営でも緩みがあったと言えるだろう。

目下、コロナ禍で落ち込んだ経済をいかに立て直すかが政治の最大の課題だが、政府の雇用調整助成金拡充もあり、今のところ雇用の悪化は一定水準に抑えられている。

ポスト安倍政権にとっては、量の面で想定以上に需給が引き締まった雇用の構造をどう日本の成長力強化につなげていくか、金利の上昇が抑えられている間に、いかに財政健全化の道筋をつけていくかが重要になる。8年弱に及んだアベノミクスから得られた教訓は無駄にすべきではない。

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