「蒲郡(がまごおり)の海! それは、瀬戸内海の海のやうに静かだ。低い山脈に囲まれ、その一角が僅かに断(たゝ)れて、伊勢湾に続いて居る。風が立つても、白い波頭が騒ぐ丈(だけ)で、岸を打つ怒濤は寄せては来ない」。文豪であり文芸春秋社の創設者でもある菊池寛が、大正11年に発表した長編小説『火華』の冒頭には、愛知県蒲郡市の穏やかな海の情景が描かれている。

蒲郡市は愛知県東三河地方の人口約8万人の都市だ。観光地としては明治時代から有名で、とりわけ市中央部の沖合にある無人島の竹島は、多くの参拝客を集めてきた。対岸とは橋でつながり、島の入り口には八百富(やおとみ)神社の鳥居が、島内にはその本殿などがある。

陸側も、橋のたもとにあった料理旅館の常磐館は志賀直哉や川端康成、三島由紀夫、池波正太郎ら文人に愛された。冒頭の引用は、小説の舞台となった常磐館から見た三河湾の様子だ。