米中対立下、高成長は可能か 今後を考える大きな助けに
評者/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『アジア経済はどう変わったか アジア開発銀行総裁日記』中尾武彦 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] なかお・たけひこ 1956年生まれ。78年、東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。82年、米カリフォルニア大学経営学修士。国際局開発政策課長、国際局長などを経て、2011年財務官。13年4月からアジア開発銀行総裁。20年4月からみずほ総合研究所理事長。著書に『アメリカの経済政策』。

フィリピンのマニラに本拠を置くアジア開発銀行(ADB)は、1966年、アジア途上国に対し経済開発のための資金を供給すべく、日米を中心に作られた国際金融機関だ。設立当初は、食料確保さえままならない貧しい国が多かったが、今や韓国やシンガポールなど豊かな国も多い。本書は、今年1月まで7年間、ADB総裁を務めた元財務官僚の回顧録だ。

何が経済発展を左右するのか。かつては市場メカニズムの貫徹が重要とされた時代もあった。97年のアジア通貨危機の際は、経済危機と直接関係のない構造問題への対策を新興国に強いて事態を悪化させた。近年はマクロ経済や社会の安定性が重要と反省され、今回のコロナ禍でも、アジア新興国では金融緩和のみならず財政拡大も行われている。

著者は、開放的な貿易投資体制や民間セクターの促進に加え、インフラ投資や教育、保健のような人的投資などの開発政策、さらにマクロ経済の安定性や社会の平等、安定した政治などに向けた適切な介入政策が重要だと強調する。バランスの取れた見方である。

総裁在任中に、中国がアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立した。中国が過大な融資を行い、返済に窮した途上国が隷属を余儀なくされるという債務の罠を批判する声もあるが、そもそも過剰融資は貸し手をも傷つける。性急なプロジェクト融資を進めたことが問題だと、実務家として冷静に分析する。多くの先進国がAIIBに参加する中、日米は参加を見送るが、ADBとしては融資などで協調行動を取っている。

中国経済の先行きをどう考えるか。両論併記だが、国家の過度な関与が経済成長を抑える点を懸念しているように見える。また所得格差の拡大も大きな問題と捉え、著者は中国の高官に対し是正の必要性を率直に伝えている。

日本経済の地盤沈下が続く中、中央銀行総裁会議で日本のプレゼンスが維持されているのは、黒田日銀総裁が就任直前までADB総裁として日々、国際会議で各国首脳と侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を行っていた賜物でもあるだろう。本書を読むと、ADB総裁経験者は日銀総裁の有力候補となり得ることがわかる。

本書刊行後、香港や台湾を巡って、米中関係は一段と悪化した。アジアの発展には、リベラルな国際秩序の下での中国経済の発展が大きく寄与していた。中国が米国と技術覇権を争う中、コロナ禍が世界を襲い、今後もアジアが高成長を続けられるのかを考えるうえで有用な一冊だ。