ごとう・たかし 1949年生まれ。72年東京大学経済学部卒業、第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。2004年みずほコーポレート銀行副頭取。05年西武鉄道特別顧問、社長。06年から現職。(撮影:尾形文繁)
週刊東洋経済 2020年7/25号
書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
世界的に人の移動を制限する新型コロナウイルスは、運輸業界やホテル業界に計り知れない影響を与えている。それだけに、鉄道とホテルを経営の2本柱とする西武ホールディングスは新型コロナにより経営が大きなダメージを受けている。そんな中、同社の後藤高志社長は、6月25日に開催された株主総会で先行きを不安視する株主に対し、「当社はこれまでもピンチをチャンスと捉え、企業価値を高めてきた」と話し、今後の経営に自信を示した。その詳細を聞いた。

──過去のピンチをどのように経営に生かしてきたのですか。

2004年12月に当時の西武鉄道が上場廃止になったことが最初の危機だ。信用不安が高まり存続すら危ぶまれた。私が05年2月に西武鉄道に来てまずやったのは、危機感を3万人のグループ社員と共有することだった。全国の現場に足を運んだ。また、それまでコクドを中心としたグループ会社の関係がわかりにくかったが、西武ホールディングスの下に西武鉄道とプリンスホテルがあるという形に再編して、財務諸表で会社の状態を表現するという当たり前のことができるようになった。

資産の峻別を行い、ニセコや阿蘇のプリンスホテルを売却して約1兆4000億円あった有利子負債を2年で9000億円以下まで減らした。一方で、前向きな投資をするために1600億円の増資を行った。新型の通勤車両を造ったし、都内のプリンスホテルもリニューアルした。これらの施策によって社員のマインドが変わった。

多くの社員が危機を体験

その後、08年のリーマンショック、11年の東日本大震災といった危機に直面し、13年には当時筆頭株主だったサーベラスとの緊張が高まった。これらのピンチをチャンスと捉え、当社はその都度強くなった。これは多くの社員が身をもって体験したこと。ピンチを乗り越えた結果、14年4月の上場へとつながった。

──コロナ後、どのように経営を変えていきますか。

コロナによってプリンスホテルの需要は瞬間蒸発した。西武鉄道も乗客が半分以下に減った。かつて経験したことのないレベルの危機だが、コロナによる行動変容や価値変容をポジティブに受け止め、ビジネスモデルに組み込んでいこうと社内に号令をかけている。