「平等」への「自由」の反撃煽る 英米の思想的膠着を反映
評者/関西大学客員教授 会田弘継

『暗黒の啓蒙書』ニック・ランド 著/五井健太郎 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile]Nick Land 1962年生まれ。バタイユを専攻後、ドゥルーズ、ガタリの研究を経て、90年代には英ウォーリック大学の講師。哲学に加え、SF、オカルティズム、クラブカルチャーなどの横断的研究に従事。「暗黒啓蒙」なるプロジェクトを通して、新反動主義に理論的フレームを提供。

新反動主義と呼ばれる思想潮流の代表的論客による著作の、初めての邦訳である。原著はオンラインのブログだ。人種差別を容認するような言説もあり、危険な書である。だが、訳者らの丁寧な解説や注釈を手掛かりにして読み込めば、英米社会が直面する思想的な行き詰まりが見えてくる。

著者は英国出身だが、論じられるのは主として米国での事象だ。原著は2012年に書かれた。アフガン戦争、イラク戦争長期化とリーマン危機という難局の中で生まれた初の黒人大統領オバマが再選に挑み、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」運動のきっかけとなる黒人少年殺害事件が起きた年だ。

国家を企業化して互いに競わせ、人々が自由に選択できることを目指す「新官房学」など聞き慣れない概念や用語が頻出する。だが、論じられているのは、古くからの争点である「自由」と「平等」の緊張関係である。米国における平等を論じれば、黒人差別の問題にぶつかるのは必然だ。

著者の立場は、極限的な自由を追求するリバタリアンだ。民主主義=平等によって自由が追い詰められているとの観点に立つ。米国で発展を見た啓蒙思想の試み(近代)は、民主主義の行き過ぎで破綻寸前だという。民主主義をうち捨て、自由を徹底的に追求していくべきだと論じる。

冷戦終結後の世界で進んだ民主主義拡大路線も念頭において、米国の「普遍主義」をピューリタニズムの伝統に根ざす一種の「カルト」だと異端視する点などは、政治的立場を超え傾聴に値しよう。

こうした主張は、メンシウス・モールドバグを名乗る米国の右派論客(本名カーティス・レーヴィン)の著述をなぞるかたちで繰り広げられる。英米の論客が共鳴し合いながら、新反動主義の思想潮流を生み出している姿が、本書から読み取れる。

平等を求める圧力への反発として白人ナショナリズムが台頭し、白人貧困層(本書では「クラッカー」と呼ばれる)による自由を求める反乱が起きていると、著者は言う。ティーパーティー運動からトランプ大統領誕生への流れを予見したような分析だ。

オルタナ右翼(非主流派右翼)の思想家とされる著者は、土着的な白人貧困層のそうした反乱が社会を崩壊させ、現状を打破するのだという。トランプ大統領と英国のEU離脱で期待が具現化しているように見える。だが、現状打破後の確たる見通しは、本書の中にはない。扇動の裏にニヒリズムがのぞく。