競争で悪貨が駆逐される、暗号通貨出現で実現するか
評者/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『貨幣発行自由化論 改訂版 競争通貨の理論と実行に関する分析』フリードリヒ・ハイエク 著/村井章子 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] Friedrich Hayek 1889〜1992年。オーストリア出身の経済学者、哲学者。オーストリア学派の一員として、ケインズらと論争を展開。英LSE教授、米シカゴ大学教授などを歴任。74年にノーベル経済学賞受賞。本書の原著は76年刊。ほかの著作に『隷従への道』『貨幣理論と景気循環』『自由の条件』など。

経済の不安定性の元凶は、通貨発行の国家独占にあり、その自由化が通貨価値と経済の安定をもたらす。このハイエク案の実践は、政治的、技術的には困難と長く考えられてきた。しかし、リブラなど暗号通貨の時代の到来で、実現可能性が出てきた。時宜を得た新訳の出版だ。

執筆は1970年代の高インフレ期で、時代遅れと見る人もいる。ただ、ハイエクの懸念は、財政赤字ファイナンスを容易にすべく中央銀行が低金利を続けインフレを助長することだけではない。相対価格を大きく歪め、過剰投資を誘発し、デフレ不況など経済の不安定化招来を問題視していた。実際、過去30年は過度の金融緩和でバブルを繰り返し、世界経済は何度も危機に直面した。今回のパンデミック危機で、世界各国の公的債務は急膨張し、ハイエクの当初の懸念が蘇ったとも言える。

具体的には、どのような提案か。まず通貨発行の国家独占をやめ、民間銀行の自由競争に委ねる。民間銀行は、独自の商品バスケットに紐(ひも)づけた通貨を発行し、通貨価値が安定するように発行量を調整する。増発で価値が下がると売り払われ、利用されなくなる。悪貨が良貨を駆逐するというグレシャムの法則は、国家独占の下で生じる現象で、自由化の場合は、逆の現象が生じる。一方、供給を減らし通貨価値の増価が続けば、退蔵されて支払いに使われない。近年のビットコインでも見られた現象だ。ITの発達で利便性も増し価値の安定した民間通貨は、有力な選択肢となる。

独自の通貨を発行しない銀行は、他銀行の発行する通貨を100%準備として保有するため、取り付けは生じない。現在は、中銀が通貨を発行し、民間銀行が信用創造を行うため、信用膨張で過剰投資が生じやすく、それが崩壊すると貸し渋りによる信用収縮という問題をはらむが、自由化でそれも回避できる。中銀の最後の貸し手機能が不要となるだけでなく、金融政策そのものも不要となる。

最終的に複数の安定した通貨が一国内で生き残り、その中でも有力ないくつかの通貨が国境を越えて世界的に利用される。通貨の国境が取り払われ、国際収支や為替変動の問題も解消される。

それでは、暗号通貨の新技術で、ハイエクの理想通貨は実現するのか。理論上はあり得るが、パンデミックで巨額の公的債務を抱える各国が通貨発行の独占権を手放すとは思われない。中銀デジタル通貨に民間銀行は従属し、競争はもっぱら、米中の通貨覇権を巡るものとなるのだろうか。