数十年前、吉田秀和氏から筆者に届いた絵はがき。裏にはアドバイスがびっしりと書かれている

ベートーヴェンのピアノソナタについて、忘れられない思い出がある。「ピアノソナタ全曲録音(全集)」のLPレコード(もちろんCDの時代ではない)が欲しくてたまらなかった学生時代の話だ。

当時はシュナーベル、バックハウス、ケンプ、グルダという大物ピアニスト4人の全集が売られていたのだが、もちろん貧乏学生の身分で全部は買えない。どれを買うべきか悩んだ揚げ句、無謀にも「そうだ、音楽評論家の吉田秀和さん(1913〜2012)に聞いてみよう」と思い立ち、返事の来る当てのない質問状を鎌倉のご自宅宛てに送ってみた。

するとどうだろう、驚いたことに1週間も経たないうちに返事が来たのだ。狂喜乱舞して封を開けると、中にはザルツブルクの絵はがきが封入されており、そこには小さな文字でびっしりと、ベートーヴェンの「ピアノソナタ全集」を選ぶうえでのアドバイスと、前述の4人のピアニストの特徴、感想が事細かに書かれていたのだ。