奴隷所有者にして自由主義者、元祖「小さな政府」派の生涯
評者/関西大学客員教授 会田弘継

『トマス・ジェファソン 権力の技法』ジョン・ミーチャム 著/森本奈理 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

[Profile]Jon Meacham 1969年生まれ。作家、編集者、評論家。米国版『ニューズウィーク』の編集長を経て、ランダムハウスの編集主幹。大統領の伝記作家として名高く、第7代米大統領A・ジャクソンを描いた『アメリカン・ライオン』でピュリツァー賞。ほかに『運命と権力』など。

1776年に独立を宣言したアメリカ合衆国は、英仏スペインの勢力圏に囲まれた人口300万人ほどの脆弱な国家であった。だが、建国期に多くの若い優れた政治家に恵まれ、時代の荒波を乗り越えて1世紀半後には超大国となる。

33歳で独立宣言を起草したジェファソンは、建国期の革命的側面を代表する政治家だ。だが、近年注目された亡妻の異母妹である奴隷女性との性関係にも象徴されるように、その「人生の真実は複雑である」と著者はいう。

本書は、ジェファソンが生涯格闘した自由と権力をめぐる論争を軸に、この政治家の複雑な生涯を描く。論争は連邦政府の権限をめぐり繰り広げられた。権力の集中に抵抗したジェファソンだが、自らが第3代大統領になると、見事に権力を行使し、諸大国の中で新興国家の生き残りを図る。そうした政治家生活の一方、生涯延べ600人の奴隷を抱えた農園主として、自由の理想との矛盾を抱え生きた。

ジェファソンは今日、「小さな政府」の信奉者たちにあがめられる。第2代大統領アダムズや初代財務長官ハミルトンら連邦主義者(フェデラリスト)が強力な中央政府を目指したのに対し、共和主義の立場から抵抗、大統領になると減税し、支出を削減した。

その一方で、ナポレオン戦争での英仏の確執を好機と見て、ミシシッピ川流域の広大な仏領ルイジアナの買収に踏み切る。米国は一挙に国土を2倍に広げ、さらに太平洋岸にまで広げる契機もつかむ。著者は政治家ジェファソンの勇気と決断力、実行力の典型例とする。思想家としてのジェファソンはこうした権力行使には憲法修正が必要と考えたはずだ。だが政治家として「理論に現実への干渉をさせなかった」と著者はいう。

連邦主義者アダムズ、ハミルトンとジェファソンら共和派の国論を二分する政争は激烈で、今日の米国の分断も顔負けだ。その中でハミルトンは決闘で命を落とすが、晩年のアダムズとジェファソンは感動的な和解に至る。2人は独立宣言からちょうど50年の日にそろって他界した。

そして、本書の通奏低音となっているのが奴隷問題だ。連邦主義者と対立したジェファソンは州の権限を広く認める立場だった(州権論)。それがひいては奴隷制南部の連邦離脱と南北戦争を引き起こす。

南部人として時代の制約を乗り越えられなかったジェファソンだが、欠点も抱えながら最善を尽くすことで歴史に大きな刻印を残した、という著者の評価はうなずける。