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オムロン立石義雄氏を悼む 1988年に語った「ヒューマン・ルネッサンス」の経営

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2015年の取材にて(撮影:今井康一)

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オムロン名誉顧問で、この3月まで京都商工会議所の会頭を務めた立石義雄氏が4月21日、京都市内の病院で亡くなった。今月6日に新型コロナウイルスに感染していることが確認され治療を受けていたが帰らぬ人となった。享年80。
父親が創業した立石電機の社名をオムロンに変更し、グルーバル展開を加速。大企業として成長する中でも「ベンチャー精神」の大切さを訴え続けた。そして、京都発の新しい「知恵ビジネス」の育成にも心血を注いだ。社長就任2年目の編集長インタビュー(1988年12月10日号)を再録し、故人を悼みたい。
「週刊東洋経済」1988年12月10日号より

労働者から創造者へ
人間復興の視点を経営の基本に据える

社長へのレター・キャンペーン、管理職の長期休暇制度など "健康で面白い企業" をめざす立石電機の考え方とは何か。

 

——今年から管理職の長期リフレッシュ休暇制度をスタートさせたことが話題を呼んでいます。

立石 社長に就任してすぐ社内に向けて言ったのは、人、技術、事業、あらゆるものをリフレッシュさせていこう、それによって新しい社会に対応できていくのだ、ということでした。その目玉に何かないかと考えたのです。

——それにしても、管理職に3カ月という休暇はえらく思い切ったものですね。

立石 1カ月では、今までの延長線の中で過ごしてしまうだろうし、6カ月ではちょっと長すぎる。6カ月も休むとリハビリがいるんじゃないかという心配もありました(笑)。それで、1〜3カ月の間で選択できるようにした。内容は自主、自立、自助。要するに仕事を離れたテーマを自分で決め、自分で実行し、費用も自分で負担するという原則を立てたのです。

3カ月も休むとなると、大抵ははたと考え込んでしまうのではないか。それが大きな動機づけになるはずだと。1つの会社の中にいて、みな同じような仕事感、生活感、世界感になっている。どうしてもマンネリが醸成されてきている。だから仕事のうえでも、創造性、チャレンジ性が埋没されがちでした。

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