ニセ医学から「魔法の弾丸」へ、新型コロナ対策にも貢献
評者/サイエンスライター 佐藤健太郎

『がん免疫療法の突破口 【 ブレイクスルー 】』チャールズ・グレーバー 著、河本 宏 監修/中里京子 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

[Profile]Charles Graeber/『WIRED』、『ニューヨーカー』、ニューヨーク・タイムズなどに寄稿する米国のジャーナリスト、サイエンスライター。アルフレッド・P・スローン財団フェロー。優秀な国際ジャーナリストに与えられる米国外国人記者クラブのエド・カニンガム賞などを受賞。

19世紀以来、医学は長足の進歩を遂げ、多くの疾患が治療可能となった。だが主要疾患の中で、唯一どうにもならないのががんだ。人類はこれまで、がん治療に膨大な努力と資金を投じてきたが制圧には至らず、多くの先進国で死因の第1位を占めている。

そのがん治療に、いま大きな変革の波が押し寄せている。その鍵を握るのは、われわれの体にもともと備わっている力、すなわち免疫力だ。今やがん免疫療法は、手術・放射線治療・化学療法に続くがん治療第4の柱という地位を急速に確立しつつある。本書は、そのがん免疫療法の歩みを描くドキュメンタリーだ。

免疫細胞は、体外からの侵入者を撃退してくれる人体の防衛軍で、これががん細胞をも排除してくれるのではという考えは昔からあった。だがこの分野の研究は、ごく部分的な成功を収めたのみに終わり、体系化されるには至らなかった。その後の免疫学の発展の中で、免疫細胞は自己と異なる異物のみを認識して攻撃するものであり、自分自身の細胞であるがん細胞は敵として認識できない、とする考えが主流を占めるようになる。そして、がん免疫療法は危険なニセ医学のレッテルを貼られ、まともな研究者が手を付けるべきものではない、とさえ考えられるようになった。

だが2010年代に入り、転機が訪れる。がん細胞は、免疫系が暴走しないよう備えられたスイッチを「悪用」し、自らへの攻撃を防いでいたことが明らかになってきたのだ。このスイッチを切る「免疫チェックポイント阻害剤」は、これまで手の打ちようのなかったがんさえ時に完治させる、「魔法の弾丸」となった。

この発見の功績で、本庶佑氏とジェームズ・アリソン氏はノーベル賞を受賞する。だがこの巨大なブレイクスルーは、2人の英雄のみによってもたらされたものではない。多くの科学者の努力の積み重ねと、治療薬開発に生命を捧(ささ)げた患者たちの貢献があって、初めて成り立ったものであることを、著者は丁寧に描いている。学問的な面のみでなく、実際に生を取り戻した患者たちの肉声を拾うことで、本書の説得力は大幅に増している。

免疫療法のもたらした進歩はまだ序章にすぎず、解決すべき問題も山積している。本書の末尾にある免疫療法のリストは、関心のある者にとって大いに参考になるだろう。また、これらの研究で得られた知見が、現在世界を席巻する新型コロナウイルスへの対策に生かされていることも、最後に付記しておきたい。