戦後の言論を総点検した労作、時を経ても輝く論客は?
評者/福井県立大学名誉教授 中沢孝夫

『基点としての戦後 政治思想史と現代』苅部 直 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

生命力は基本的に時間によって測られる。それは「言論」も同様だ。戦後史におけるその時々の寵児たちの言論も、時間という濾過装置によって検証される。

本書は、憲法第9条2項がはらむ問題点、平和思想の形成と変化、そして象徴としての天皇(制)の来歴など、さまざまな知識人の主張をたどりながら戦後の政治思想を論じ、現代の政治を考える上で欠かせない視点を提供する。

政治哲学者・南原繁は、本書が紹介するように、1946年、貴族院議員として「国際連合における兵力の組織は各加盟国がそれぞれ兵力を提供する義務を負うのである。日本が将来それに加盟するに際して、これらの権利と同時に義務をも放棄せんとするとするのであろうか」と述べている。以来、年月は70年を超えたが、近年の自衛隊の海外派遣、集団的自衛権などの議論は、みなその問いかけの中にあった。自分の国は他国の軍隊(国連軍)に守ってもらうが、他国の困難に関しては関わらない、といった身勝手さがそこにはあった。

また南原は、皇室典範案の議論で、天皇の「自由意思」による「退位」の規定を盛り込むことを主張していたとも本書にある。南原の思想の射程は実に長く、奥が深い。

さて、戦後の世論を席巻した平和と民主主義論は、総評・社会党ブロックの基盤となるイデオロギーで、多くの知識人もまた応援団として旗を振った。彼ら進歩的文化人は、原水爆禁止や日米安保条約反対の大衆運動を支援し、平和勢力の一角に牢固たる地位を築いていたが、内実は、ソ連と中国が平和勢力で、米国が戦争勢力という理解で、それが虚構であったことは今や明らかだ。彼らが墨守していたのは憲法第9条である。

丸山眞男、都留重人、加藤周一、坂本義和、高坂正堯(まさたか)、加藤典洋……、懐かしい名前が無数に登場するが、40年、50年という時間の中でその言論・思想が生き残るのはとても難しい。長い時間による言論の検証は、“何々をすべきだ”という理念による主張を打ち砕くことが多いものだ。

著者は実に慎重に各人の過去の発言を確かめながら、数十年という時間に耐えた思想をたぐりよせ、現代を読み解いている。さまざまな言論の中で、その“主調音”が今日でもなお、そのまま響いているのは高坂正堯のようである。たしかに高坂の一連の著作は、時論であるとともに、時代を超えた思想となっている。

現代日本を理解するためにたくさんの系譜を点検した、重い一冊である。

[Profile]かるべ・ただし/1965年生まれ。94年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。東京大学法学部講師、同助教授を経て、現在、同法学政治学研究科教授。著書多数、『丸山眞男──リベラリストの肖像』でサントリー学芸賞を、『鏡の中の薄明』で毎日書評賞を受賞。