(Zenzen / PIXTA)

「物言う株主」という言葉が広く使われるようになったのは2000年以降だ。通商産業省(当時。現経済産業省)OBの村上世彰氏が率いる、村上ファンドの登場がきっかけだった。

同ファンドによる日本初の敵対的TOBは失敗に終わったが、「株主の利益を尊重し、資本効率を高めるべきだ」といった正論を声高に唱え、プロクシーファイト(株主総会での委任状争奪戦)も辞さない村上氏に、日本の多くの経営者は震え上がった。

もっとも、それ以前から日本にも経営陣に敵対的な株主は存在していた。戦前では、「強盗慶太」と呼ばれた五島慶太氏(東急電鉄の事実上の創業者)らが有名だ。戦後も白木屋乗っ取り事件、1980年代後半の小糸製作所株買い占め事件などが起きている。

日本的経営が失墜