新型コロナウイルスによるパンデミックはスペイン風邪以来、100年ぶりといわれる。しかし、米国の株価は、スペイン風邪(米国では67万5000人の命を奪った)の時期(1918年9月から1919年7月)を通じてわずかながら上昇傾向にあり、今回のような暴落はなかった。それはなぜなのだろうか。本記事の後段で詳しく解説する

われわれは、1つではなく2つのパンデミックが巻き起こす不安に襲われている。第一は新型コロナウイルス感染症のパンデミックだ。われわれ自身、もしくはわれわれが愛する人々が、世界のどこであっても、近いうちに深刻な病に倒れて命を落とす危険性すらあることが、不安の原因となっている。そして第二は、第一のパンデミックが経済にもたらす影響に関する不安のパンデミックだ。

2つのパンデミックは互いに関連しているが、同一の現象ではない。第二のパンデミックにおいては、不安を煽るストーリーが極めて広く拡散し、われわれの多くは常にそのことを考えるようになっている。おそらく、何らかの策を講じなければ、新型コロナウイルス感染症の影響で一生かけて築いた財産を失うかもしれないというストーリーが原因となって、株式市場は急落を続けている。

しかし、新型コロナウイルス感染症そのものとは異なり、その不安感の原因は、どんな策を講じるべきかがわからないというところに存している。

ナラティブが与える影響

2つのパンデミックに同時に襲われるのは深刻だ。なぜなら、片方がもう片方を悪化させてしまう。企業が倒産に追い込まれたり、失業率が急増したり、収入を失うことで経済不安が増大し、ひいては、感染症の感染拡大防止策を十分に講じずに人々が必死に仕事を求める事態を招く可能性がある。

さらに、感染症とその不安感が実際に世界規模のパンデミックとなっているのも深刻だ。需要の減衰が1つの国だけで発生しているなら、それによる損失の一部が海外に波及するとしても、その国の輸出物の需要までもが大幅に減るということはない。しかし今回は、この自然の安全弁が働いていない。なぜなら今回の景気後退はほぼ全ての国を脅かす規模となっているからである。

この経済不安は、新型コロナウイルス感染症によって発生した直接的な副産物、つまり感染症のパンデミックに対する合理的な反応に過ぎないと考えている人も多いようだ。しかし不安というものが完全に合理的であることなどない。経済不安のパンデミックは、物価の下落やコロコロ変わるナラティブ(物語、叙述)へのパニック的反応を通して拡大し、それだけで意思を持つ生き物の様相を呈しているのだ。

「感情ヒューリスティクス」と呼ばれる現象

経済不安が株式市場にもたらす影響は、オレゴン大学の心理学者Paul Slovicと共同研究者らが「感情ヒューリスティクス」と呼ぶ現象によって媒介されている可能性がある。人々は悲劇的な事象が原因で感情面で不安定になると、恐れる理由がない状況であっても恐怖の反応を示してしまうのだ。

われわれは、ウイリアム・ゲッツマン、キム・ダソルとの共同論文で、1929年または1987年級の株式市場の暴落が発生する可能性についての人々の判断には、近隣での地震発生が影響を与えてしまうことを示した。過去30日以内に30マイル(約48キロメートル)以内を震源として大規模な地震があった場合、住民は暴落の可能性を有意に高く見積もっていた。これこそ感情ヒューリスティクスの作用なのである。