議論の整理が必要だが冷静で現実的な提案多い
評者/労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎

『日本のセーフティーネット格差 労働市場の変容と社会保険』酒井 正 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

帯には「誰が『皆保険』から漏れ落ちているのか」とある。日本の社会保険は被用者保険を地域保険が補完する「皆保険」のはずなのに、そこからこぼれ落ちる人々がいるという問題意識だ。実際、第1章は社会保険料の未納問題を取り上げている。が、この惹句(じゃっく)のすぐ下には「正規雇用を前提としていた社会保険に綻びが生じている」ともある。本当に皆保険なら正規雇用が前提のはずはない。

これは、本来雇用形態に関わりなく全被用者を引き受けるべき被用者保険が非正規雇用を排除し、それを地域保険に押しつけてきたためだ。自営業者を想定した地域保険に無業者が増えた問題と、被用者保険を正社員保険にしてきたために非正規労働者が地域保険に押し出された問題とは、分けて論じた方がいい。今国会提出の年金法改正案が後者を一部是正しようとするものであるだけに。

これと密接に関連しながらやはり分けて論ずべきが、第2章の雇用保険だ。これもかつては非正規を排除していたが、社会保険に先んじて適用拡大をしてきた。ところが、実際の受給率は低下する一方。適用はされても受給資格要件を満たすのが難しいからだ。

ではそれを緩和すればいいかというと、他の社会保険と異なり失業という保険事故が主観的要件である雇用保険ではモラルハザードを生み出しかねないという懸念がある。むしろ雇用保険の歴史はモラルハザードとのいたちごっこだった。著者は就業経験の乏しい若者への支援の観点からも拠出によらない第2のセーフティーネットに期待をかけるが、それはモラルハザードを職業訓練という別の場所に移転させるだけかも知れない。

同じく今国会提出の70歳までの就業を求める法案の陰にある問題を指摘するのが第4章の高齢者就業だ。

それが人口の高齢化と社会保障の持続可能性を両立させる唯一の解であることは世界共通の認識だが、著者はその見えざるコストとして加齢による労働災害の増加を指摘する。それはメリット制(災害の多寡に応じ保険料率を増減)という労災保険の仕組みに影響を与えるだけではなく、加齢による健康リスクの一部を医療保険から労災保険に移転させているのかも知れない。

本書はそのほかにも両立支援、社会保険料の事業主負担、若年者支援、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)など様々な今日的政策課題に対し冷静で現実的な提言を行っている。短期的にマスコミ受けはしなくても、中長期的に有用なのはこちらである。

[Profile]さかい・ただし/1976年生まれ。2000年、慶応大学商学部卒業。05年、同大大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学。08年、博士(商学)号取得。国立社会保障・人口問題研究所研究員、同室長などを経て現在、法政大学経済学部教授。『日本労働研究雑誌』の編集委員も務める。