いわせ・たつや 1955年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランス。2004年、『年金大崩壊』『年金の悲劇』で講談社ノンフィクション賞を受賞。『われ万死に値す ドキュメント竹下登』『新聞が面白くない理由』『ドキュメント パナソニック人事抗争史』など著書多数。(撮影:梅谷秀司)
裁判官も人である 良心と組織の狭間で
裁判官も人である 良心と組織の狭間で(岩瀬達哉 著/講談社/1700円+税/326ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
憲法第76条3項には「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ」とあるが、本当に独立しているのか。

──もともと司法に疑問があった。

職業柄、原告、被告双方の立場から名誉毀損裁判を争ったことがあります。民事なので、どちらの主張に根拠がより多いかを裁判官が判断する。昔は双方の主張をよく聞いていました。例えば、あるジャーナリストにデタラメを書かれ、私が原告で訴えたとき。「こんなのに時間と金を費やすより、もっと仕事しなさい」って(笑)、一審の裁判官が和解を勧めてくる。「記事を捏造したと言われ、和解したらジャーナリストとして死んだも同じ。負けたら筆を折る覚悟なので判決を求めたい」と言ったら、しばらく考えて「厳しい判決で行く」。怯(ひる)みましたが(笑)全面勝訴。ああ、ちゃんと聞いてくれているんだなと思いました。

──今は違う?

愛(まな)娘に対する保険金殺人の容疑で母親と内縁の夫が起訴された東住吉事件で、母親の公判を担当した裁判官は母親の話を聞くような顔をして、何も聞いていない。裁判官室で「反省してないなら無期だ」と発言していたといい、実際に無期判決を出した。再審裁判で無罪が確定したのは事件から21年後の2016年です。

OBに言わせると、今の裁判官は抱えている案件が多く、疲弊していて、裁判を仕事と割り切っている。だから、論点整理をして似たような訴訟があれば、その判決をコピペ。絶望を抱えた人が入って、希望を持って出てくるのが裁判所なのに、そうなっていない。