国益に比べ軽い産業の利益 可能性は「国家を超える」に
評者・福井県立大学名誉教授 中沢孝夫

『漁業と国境』濱田武士、佐々木貴文 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] はまだ・たけし/1969年生まれ。99年北海道大学大学院水産学研究科博士課程修了。現在、北海学園大学経済学部教授。専門は漁業経済学、地域経済論、協同組合論。
ささき・たかふみ/1979年生まれ。2006年北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。現在、北海道大学大学院准教授。専門は近代産業史、漁業経済学、職業教育学。

「『領土問題』は相手国との妥協点を見いだすことと同じくらい、国内での合意形成が難しい」と本書は指摘する。

北方領土も大変だが、例えば2013年の台湾との漁業交渉では、尖閣諸島を巡って中国と台湾が連携することを嫌った首相官邸を中心として、漁業で台湾に譲歩し、領土問題では「日本の意思を共有する」ことにした。台湾側は「外務省はこちらの誠意を認めてくれた」と喜んだそうだ。水産庁の意思は優先されず、かわり漁業関係者へ100億円の補償金が支払われた。

“糸を売って縄を買った”と言われた日米繊維交渉(1971年)を思い出す。政府は沖縄返還とセットとして、2000億円で日本中の中小企業の織機を買い上げて廃業させ、米国の繊維製品に道を開いた。言うまでもなく日米関係は安全保障の根幹である。

国益とは、経済的利益と安全保障の確保によって根拠づけられる。それゆえ国家間交渉は多角的・立体的とならざるを得ない。もともと漁業、農業、製造業といった産業の当事者の利益は国益全体からみると小さい。つまり「優先順位」が低いのである。

本書は、日清戦争と日露戦争を経て、戦後の北方領土問題、日本海・竹島(独島)、東シナ海、南洋といった、それぞれの「海」の支配権の移り変わり(国境の移動)と、国民の暮らし(胃袋)や水産資源の輸出入、そして漁民の活躍と揺れ動く活動領域など、多彩な「漁業と国境」の近現代史を綿密に描いている。

戦後の日本は「近海から沖合、沖合から遠洋」という政策スローガンを掲げ世界の海で魚を獲りまくった。他国に歓迎されるわけがないが、90年代までは経済協力と引き換えに漁場を確保できた。

経済力が低下した今の日本は、国際法に基づくEEZ(排他的経済水域)を守ることすら危ぶまれる。海に壁はつくれないし、魚は国境と無関係に移動する。事実、中韓との間で漁業に関する境界が確定されていない共同管理水域では、漁場の占有を許している。

著者たちは、日本の漁業、漁民がじり貧にならないためには、国境水域のとらえ方を「国家」ではなく「漁民」の視点で組み直す必要があるとする。安全に操業できれば、漁民にとって国家、国境など意味がないからだ。すでに漁労に従事する船員たちは多国籍だ。評者も日本の漁業や農業の現場を訪ねているが、もはや外国人労働者抜きに産業も地域社会も成り立たなくなっている。国家を超えるという指摘は示唆に富む。