祖父の岸信介氏に抱かれた安倍晋三・現首相(右)。母・洋子さんは左から2人目。1957年2月(毎日新聞社/ アフロ)

中国の湖北省武漢市が発生源である新型コロナウイルス(COVID-19)による肺炎の国内感染が拡大し、日本経済に深刻な影響を与えている。そうした中でも、政界の最大関心事は、安倍晋三首相が東京五輪・パラリンピック後の自らの去就について、どのように考えているのかだ。

安倍首相の胸中を推し測るうえで、重要なキーワードは「母・洋子さん」である。安倍首相の祖父・岸信介元首相、盟友である麻生太郎副総理兼財務相の祖父・吉田茂元首相、そして恩人である小泉純一郎元首相おのおのの家系をたどることで、その解を求める。

有力家系である安倍(岸)、麻生(吉田)、小泉三家のルーツに改めて目を向ける契機となったのは、小泉進次郎環境相夫妻が誕生した長男に「小泉道之助」と名付けたことだった。進次郎氏は1歳のときに父・純一郎氏が離婚したため、母親代わりの純一郎氏の姉・道子さんに育てられた。自身が述懐しているように、幼少時は道子さんを「ママ」と呼んでいたという。

純一郎氏の父・純也氏は、進次郎氏の曽祖父・又次郎氏の娘婿である。又次郎氏は戦前の立憲民政党代議士で、党幹事長や浜口雄幸内閣の逓信相を務めた。「刺青大臣」と称された同氏は幹事長時代に産業振興の観点から官業の非効率を批判する演説を行っている。今流にいえば「郵政民営化」論者で、そのDNA(遺伝子)は孫の純一郎氏に引き継がれた。

純也氏は又次郎氏に見込まれて民政党職員になり、後に小泉の姓と地盤を継いで1952年の総選挙で当選。豪傑肌の又次郎氏や一匹狼的な純一郎氏と違って温厚な人柄でハンサム。だが一本気な性格で、政治姿勢にもブレが少なく、演説が非常にうまかった。55年の保守合同後の岸信介内閣の政策を一貫して支持し、日米安保条約改定案が上程された際には自民党外交調査会長として衆議院本会議で賛成演説を行っている。後の佐藤栄作内閣で防衛庁長官を務めた。