低温経済の実相捉え分析、処方箋示す令和版経済白書
評者・上智大学准教授 中里 透

『日本経済のマクロ分析 低温経済のパズルを解く』鶴 光太郎、前田佐恵子、村田啓子 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] つる・こうたろう 1984年東京大学理学部卒業。経済企画庁などを経て、慶応大学大学院商学研究科教授。 まえだ・さえこ 1999年京都大学経済学部卒業。2000年経済企画庁入庁。現在、内閣府大臣官房人事課企画官。 むらた・けいこ 1986年東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。現在、首都大学東京経済経営学部教授。

ひところ、市場関係者の間で「ゴルディロックス経済(相場)」という言葉がはやった。これは景気が過熱せず、かといって不況にもならず、ほどよい経済環境の下で物価と金利の安定が続き、株式市場が堅調に推移していく適温経済(相場)のことだ。需給がタイト化しても物価や金利が上がりにくいことは、このような経済環境であれば、心地よい湯加減の経済を長続きさせるうえで歓迎すべきこととなる。

だが、ひとたび経済にマイナスのショックが生じて成長が鈍化すると、物価や金利の緩慢な動きは経済を成長軌道へ復帰させるうえでの桎梏(しっこく)となる。低インフレ、低金利と低成長の併存という環境の下では、利下げの余地が限られるなど、マクロ経済政策の運営に多くの困難が生じてしまうからだ。

こうした中で刊行された本書は、このような「低温経済」の実相を捉えるとともに、そこから脱出するための処方箋を提示すべく執筆された「令和版経済白書」だ。本書では、景気が停滞する中にあっても解消しない人手不足、労働需給が逼迫しても上がらない賃金など、日本経済をとりまくさまざまなパズルについて、豊富なデータと最新のマクロ経済学の知見に基づく丁寧な分析がなされている。

本書で描き出されるのは、潜在成長率・期待成長率の低下と少子高齢化・人口減少が進展する中、労働市場のミスマッチの影響もあって、景気の減速と人手不足の併存が生じている日本経済の姿であり、持続的な成長が見込みにくい中で賃上げや国内での設備投資に二の足を踏む企業の姿だ。このような状況では所得の伸びも期待できないから、家計は消費を増やすことに慎重になり、将来に不安を抱えながら貯蓄に励むことになる。

デフレ不況の中で誕生したアベノミクスと異次元緩和は、立ちすくむ人々の「気」を変えて経済を上向かせることには成功したが、「低成長・低温経済の自己実現(悪循環)」を打破するところまでは到達できなかった。

本書は「低温経済のパズルを解く」ことに十分に成功している。だが、処方箋として提示された「成長力の強化」は、なかなか飛ばないアベノミクスの「第3の矢」であり、その先行きは見通しにくい。構造調整を円滑に進めていくためには、拡張的、緩和的な財政金融政策によるサポートが必要とされる局面もあるだろう。

本書を手に、日本経済の来し方行く末について改めて考えてみたい。