「週刊東洋経済」1988年2月13日号
業績好調に加え、株式分割で配当が実質2倍になったキーエンスの株価が急伸している。12月13日終値ベースの時価総額は9.7兆円。いまやソニーの9.4兆円、ソフトバンクグループの9.1兆円を抜き去り、日本企業4位である。トヨタ自動車(25.4兆円)の背中はかなり遠いが、2位、3位の親子上場会社(NTT=10.9兆円、NTTドコモ=10.0兆円)をごぼう抜きする可能性は高そうだ。つまり、キーエンスが日本で2番目の時価総額になる日が迫っているのである。
キーエンスは投資家への情報公開に前向きではない。そのため内実は秘密のベールに包まれている。が、かつて創業者の滝崎武光会長(当時は社長)は本誌取材に複数回登場。シャープな経営理念を明確に語っている。驚くべきは、その理念が30年後の今もいささかも変わっていないことだ。
今回紹介するアーカイブ記事には滝崎氏より1歳年長の日本電産・永守重信社長も登場する。2人とも40代半ばの若さである。上場後の日本電産はM&Aにより果敢に企業規模を拡大させ、時価総額は現在4.6兆円。25位に付けている。円高不況などの影響でベンチャー倒産が相次ぎ、「ベンチャー不毛」といわれた時期に潰れなかった2社のユニークさを描き出した梅沢正邦記者の記事から、成長を続ける企業に共通した特徴を学べるはずだ。

「潰れないベンチャー」の秘密

・「ベンチャーの星」が次々に倒れて2年、久々の大型ホープ登場
・経営方式は両極端。が、ともに「会社を絶対潰さない」が大前提
・営業力と、トップの「私」の抑制。これがなければ会社は潰れる

 

キーエンスの決定的瞬間だった。1988年1月18日、午後1時44分。この瞬間、キーエンスは任天堂を抜いて「株価日本一の座」に就いた。株価8340円。任天堂に辛くも40円差をつけて奪い取った王座である。

しかし、キーエンスとは一体、何者?――大半の読者の疑問ではあるまいか。それも当然。キーエンスは光電スイッチやレーザー測定器などFAセンサーのメーカーだが、大証2部に上場したのは昨(1987)年10月。現在のキーエンスに社名変更したのは1986年10月、前身のリード電機を滝崎武光社長が創業したのは1972年3月だ。世間に名を知られる間もないうちに、「日本一」にのし上がってしまったのだ。

「到達感? 株価水準についてはなんとも言えません。株価よりも、総資本経常利益率で日本一になったことが第1の到達感。総資本経常利益率は会社の大きなハカリ。それをよくしようとやってきた。偶然で出来るものじゃない」(滝崎社長)。

1986年度の売り上げ73億円、経常利益26億円。ナリは小柄だが、総資本経常利益率37.7%は2位の任天堂をシッカリ1.7ポイント上回っている。

両社の経営理念・経営原則と直近の業績推移

そのキーエンスに燃えるような視線を注いでいるのが、今秋の上場を確実視されている日本電産だ。上場問題に関しては一切ノーコメントだが、日本電産・永守重信社長はキーエンスへのライバル意識を隠さない。「向こうは300坪の敷地に30階建てのビルを建てたようなもの。こっちは3000坪の敷地に広大な工場をドーンと建てる。本当の大企業をめざしているんです」(永守社長)。

日本電産はプラシレス・モータのトップ・メーカー。とりわけ固定ディスク装置(HDD)用の精密モータでは7割の世界シェアを握っている。キーエンスが総資本経常利益率で勝負するなら、日本電産の売り物は、円高の逆風を衝いた驚異の変化率だ。

輸出比率65%の日本電産は、円が260円から120円台に高騰した過程で倒産していても不思議はない。ところが、「G5」で日本中が震撼した1985年度の経常利益は前年比倍増の3.9億円。1986年度はその3倍の12.2億円、1987年度(推定)はそのまた倍増の28億円にハネ上がる。売り上げもこの3年間で2.5倍の240億円に。「今は円安に振れることのほうが心配」と宣うほどの余裕なのだ。