想像せずにいられない。FRB議長再々任だったら
評者・BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『ボルカー回顧録 健全な金融、良き政府を求めて』ポール・A・ボルカー、クリスティン・ハーパー 著/村井浩紀 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

[Profile] Paul A. Volcker/1927年生まれ。ニクソン政権の財務次官補、ニューヨーク地区連邦準備銀行総裁を経てFRB議長。議長退任後も公共への奉仕を続け、オバマ政権では経済再生諮問会議議長を務める。いわゆるボルカー・ルールを提案。
Christine Harper/『ブルームバーグ・マーケッツ』誌編集長。休職して「私の手を引くように回顧録づくりに取り組んだ」(本書謝辞)。

ボルカー氏は、FRB(米連邦準備制度理事会)の議長を2期(1979〜87年)務めた。80年代初頭、米国をマヒさせた高インフレを退治し、中央銀行への信頼を回復した人物として知られるが、その偉業は長い経歴の中の1つにすぎない。財務省時代には、戦後の固定為替レート制の維持・修復に奔走し、FRB議長退任後は政府のさまざまな諮問会議の委員長を務め、リーマンショック後も金融規制の再構築に尽力した。

本書は、真の意味で国民に尽くした公僕の回顧録だが、邦訳の刊行から2カ月弱で、その訃報に接することになろうとは。世界はまた1人高潔な人物を失ってしまった。

強まるインフレ心理の根絶には、従来とは次元の異なる政策を採用し、反インフレの断固たる姿勢を示す必要がある。決意が揺るがぬよう自らを帆柱に縛り付ける気構えで取り組んだという。当時、学界で台頭しつつあった「合理的期待」の発想を見事に先取りしていた。日本銀行の黒田総裁がデフレ脱却を目指す異次元緩和で強力なコミットメントを重視するのは、ボルカー氏にあやかったのだろう。ただ、主要な中央銀行は現在、物価上昇率2%にコミットするが、ボルカー氏は数字にこだわることを疑問視する。

時の政権との摩擦、FRBの内部対立などを赤裸々に語る。評者が本書で初めて知ったのは、84年に再選を目指すレーガン大統領にホワイトハウスの図書館に呼び出され、利上げは厳禁と伝えられた一件だ。昔からFRBは政治介入に悩まされていた。

公僕が集まるワシントンは近年、既得権者のためのロビー活動の街に落ちぶれたと、ボルカー氏は嘆く。各国とも行政への信頼が大きく揺らいでいるが、社会がうまく回るには「良き政府」の存在が不可欠として、公共心の高い行政官の育成を目的に、亡くなるまでボルカー・アライアンスという国際活動を続けた。

ボルカー氏はFRB時代から金融膨張を懸念し、リーマンショック後も資本規制の厳格化など短期の利益を追求する金融文化の抑え込みに精力を注いだ。仮に財務省高官として関与したニクソンショックが回避され、今も金とドルの兌換が維持されていれば、マネー膨張時代の到来は避けられたのだろうか。それはありえないとしても、もし87年にボルカー氏がFRB議長に再々任されていれば、銀行のリスクテイクを抑制するグラス・スティーガル法の撤廃が避けられ、その後の国際金融は異なる展開となったのではないかとつい想像してしまう。