このところ時事問題に関する論考が続いた。そろそろ、この連載の本来のテーマである仕事に活用できる技法に戻ることにしたい。もちろん、国際情勢や内政で大きな出来事があった場合は、それについても書く。

今回からは集中的に「メモの技法」を扱う。筆者は大学で講義や講演をすることが年に約60回、高校での授業を加えると100回近くになる。講義や講演を聴いている大学生を観察すると、メモ(ノートの場合もPCの場合もある)を取る学生と取らずに聴いている学生とがいる。中学生と高校生の頃、筆者は授業でノートをほとんど取らなかった。教師が話している内容は、画像とともに記憶されるし、教科書があるのでノートを取る必要性を感じなかった。ノートは問題集の解答を書くのに用いた。大学でも、教師が教科書に即して講義をする科目(法学、経済学関係が多かった)については、ノートを取らずに話を聴くことに集中した。

これに対して、筆者が所属した同志社大学神学部の講義はテキストが指定されないことが多く、まれに指定されても英語かドイツ語だった。そのため講義の内容を正確に理解するためにノートを取ることを余儀なくされた。講義を聴きながら要点をメモするというノートの取り方なので、後からノートを見ながら文章を作成するということは考えなかった。

ノートを取らずに講義を聴いている学生を指すと、講義の内容を把握できていない場合がほとんどだ。記憶力がよいからノートを取らないのではなく、そもそもノートの取り方を知らないのだ。学生時代にノートをきちんと取る訓練ができていない人が社会に出ても、メモの取り方がわからずに苦労することになる。