東京電力福島第一原子力発電所の事故から8年以上経った現在も、事故の爪痕は深く残る。汚染土壌の最終処理はままならず、帰宅の見通しがつかずに避難先で心身の健康を損なう被災者も少なくない。顕在化したこれらの原発リスクに人々の不安は今も消えることなく、再稼働に対する拒否反応は依然として大きい。

一方、原発の稼働停止も「新たなリスク」を社会に生み出すことがわかってきた。電気料金の値上げによる節電で、高齢者などが命を落とすリスクが高まったのだ。死者数は毎年1000人超とも予測されるが、このような因果関係は表立って取り上げられていない。

日本中のすべての原発が稼働を停止した当時、「原発は危ない、また事故が起きたら大変だ」という意見が世論の大勢を占めていた。もともと原発は深刻な被害をもたらすおそれがあり、放射能などは目に見えないため、われわれの不安感を募らせる。福島のような大きな事故が起こればなおさらだ。

原発を稼働させるリスク面だけに思考がとらわれたこのような状況下では、冷静な意思決定は難しくなる。これまで、稼働を停止することで人々に生じる新たなリスクについて議論が湧き上がることはなかった。政策判断においても、原発の稼働と稼働停止の双方から生じるリスクのトレードオフは十分に吟味されていない。

本稿では、原発の稼働停止から生じたリスクの一例を、筆者の関わる研究から紹介したい。先述したとおり、研究では原発の稼働停止後に生じた電力価格の上昇に注目し、それに伴う人々の死亡リスクへの影響を定量的に評価した。