安倍首相主催の「桜を見る会」をめぐる問題でヒアリングを行う野党合同の追及本部(毎日新聞社/ アフロ)

安倍晋三首相は11月に近代日本史上、最長在任記録を更新した。しかし、「桜を見る会」をめぐるさまざまな疑惑が噴出する中で、大きな危機に直面している。安倍後援会が開催した前夜祭なるイベントに関する政治資金規正法や公職選挙法をめぐる論点については、法律の専門家の議論があるので、ここでは取り上げない。内閣主催の行事に多数の支持者や応援団の文化人、芸能人などを招待して、事実上の供応を行ったことの政治的責任を論じたい。

政治家が個人で花見の会を主催し、支持者に無料で酒食の提供を行えば公選法違反である。しかし、内閣主催で税金を使って供応すれば違法性は問われない、というのが安倍内閣の認識であろう。この政権に常識や行儀作法という言葉は通用しない。集団的自衛権の行使容認のとき以来、法で明確に禁止されていなければ何をしてもよいというのが今までのやり方である。参議院規則に基づいて3分の1以上の委員が予算委員会の開会を請求しても無視していることに表れているように、罰則や強制執行の規定がない場合には明文の規則も無視するのが今の政府・与党である。

安倍政治の本質は、成文法、慣習法を含む法に対する徹底的な蔑視にある。ここで思い出すのは、本欄でも紹介したことのある、オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』という書物である。オルテガは20世紀を「大衆が支配する時代」と規定し、大衆とは自己の欲望を制御できない「甘やかされた子供」だと定義した。彼は、ファシズムや過激な労働組合主義など、大衆のエネルギーを燃料とする政治変革が大衆による支配をもたらすと警鐘を鳴らしていた。

今の政治状況に当てはめれば、オルテガのそのような見立ては外れている。現代は大衆が直接行動で権力を簒奪する時代ではない。米国のトランプ大統領、英国のジョンソン首相、そしてわが国の安倍首相、すべて「甘やかされた子供」が選挙で勝利し、権力の座に上り詰めているのである。