曰く、友情はわたしの宗教。他者に無関心な日本人へ
評者・福井県立大学名誉教授 中沢孝夫

『エリ・ヴィーゼルの教室から 世界と本と自分の読み方を学ぶ』アリエル・バーガー 著/園部 哲 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] Ariel Burger/1975年生まれ。米ボストン大学とスキッドモア・カレッジで学び学士号取得。イスラエルに数度留学し、2003年ラビに叙任される。その後、ボストン大で教授だったエリ・ヴィーゼルの教育助手を08年まで務めながら博士号取得。現在はユダヤ教正統派のラビ。

いい教師と出会うこと以上の幸運があるだろうか。ホロコーストの実体験を描いた『夜』の作者、エリ・ヴィーゼルの本職は大学教授で、本書は“教室”という空間での師弟のやりとりから、愛(まな)弟子がヴィーゼルの考え方をまとめている。

アウシュヴィッツ強制収容所へ移送されたヴィーゼル一家の母親と妹はすぐに殺され、父親は強制労働で死亡した。戦前の欧州にいたユダヤ人950万人のうち600万人が殺されたが、ヴィーゼルはかろうじて生き残り、ジャーナリスト、教師になった。それは「記憶」を伝えるため、そして「学生を単なる受け手に留めおかず貢献者へ位置づける」ためである。確かに教師と学生は互いを必要とする。

ホロコースト以降もカンボジア、ルワンダ、ユーゴスラビアなどで大量虐殺が続いた。これらは、人類史の忘れてはならない一側面だが、本書は、「絶望が人から人へ広がるものならば記憶も同じだ。過去の記憶、大切にしていたものの記憶」、さらには「切望する未来にかんする記憶すらある」と記す。そして「証人の話を聞く人は証人になる」と。

「絶望に勝利させてはいけません」「希望は選びとることができ、お互いに与えあうことのできる贈り物なのです」。あるいは「友情はわたしの宗教です」「狂信的な友情信者になってもいいじゃないですか」とヴィーゼルは語る。

本書には、こうした読む者の胸を打つ言葉が無数にあり、紹介しきれないのが残念だ。歴史と記憶の優れた証人である著者(バーガー)は、読者もまた証人である、としているが、もちろんそうだろう。

旧約聖書の聖句などの引用の前でたじろぎながら、評者は思った。日本人はヒロシマの証言は積極的にするし、北朝鮮による拉致被害に関しても大きな関心を寄せている。しかし、他国の惨禍についてはどうだろう。例えば中東の破綻国家では、今なお、武力衝突やその巻き添えで死者や難民が増え続け、子どもや女性が拉致され、奴隷にされたりしている。それでも、日本政府はそうした“面倒事”にかかわり合うことを拒絶し、「他者の現在」へはほとんど関心を持たないような気がする。

ヴィーゼルは「他者の、自分とは違う点がわたしを魅了する」と寛大だが、どうやら、私たちが「魅了」される可能性はなさそうだ。むろん「私たち」に自分が含まれることを評者は自覚している。

比較的高価かつ分厚い翻訳本で、日本人には不慣れな領域の言葉が多いが、委曲をつくした翻訳がすばらしい。