徂徠から渋沢へ継承された革新的儒教が資本主義を導く
評者・北海道大学大学院教授 橋本 努

『日本における近代経済倫理の形成』曾暁霞 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] そ・ぎょうか/1982年、中国の海南省に生まれる。2010年、中山大学大学院日本科で修士卒業。広東外語外貿大学日本語科博士課程を経て、14年に「日本における近代的経済倫理思想」で博士号を取得し、同年から広東省東莞理工学院文学与伝媒学院助教授。専攻は日本文化、日本思想史。

ドラッカーは、社会事業家の渋沢栄一を絶賛したことがある。経営の社会的責任について論じた人物で渋沢の右に出る者はいない、彼は世界の誰よりも早く経営の本質を見抜いていた、と。

本書は「日本資本主義の父」とも称される渋沢の思想が、儒教に基づく独自の資本主義倫理を築いた点を高く評価する。渋沢の小著『論語と算盤(そろばん)』(1916年)は、儒家経典を再解釈して、これを資本主義の倫理へと読み替えた。それは西欧とは異なる日本独自の資本主義倫理を築くことに貢献したというのである。

では、同時期の中国はどうだったのかといえば、儒教と資本主義を結びつけるような思想家は現れなかった。商業は相変わらず儒教の観点から賤(いや)しいものとみなされ、結果として経済は停滞した。

日本では、独自の商業倫理が儒教を基盤に確立する。その背後にはすでに、江戸時代の思想家、荻生徂徠がいた。徂徠は当時の訓詁学としての儒教を退け、世の中を治めるための道徳を正面から論じた。ただし経済問題に対しては保守的で、徳川封建制をそのまま擁護したにすぎなかった。

それではなぜ、儒教は商業倫理の基盤になりえたか。徂徠による、儒学の抜本的な刷新が地ならしとなっていた。彼は儒学本来の「天命観」を大胆に組み替え、また「公私分離」を説く立場から朱子学の道徳的合理主義を批判した。

徂徠のこの考え方は、やがて孫弟子の海保青陵へと受け継がれていく。海保は、徂徠の革新的儒教を経済倫理に応用して、経済合理主義の思想を展開する。その企てが渋沢へと継承されたところに、日本独自の資本主義精神が生まれたというわけである。

一般に近代日本の実学は、朱子学や蘭学によって築かれたとみなされる。けれども著者は反対に、徂徠から渋沢へいたる革新的儒教の流れが日本の実学を基礎づけたとみる。愛国を重んじ、会社の集団主義のなかで奉公と職分を貫徹する生き方こそが、日本における資本主義の発展を導いた。

渋沢と同時代を生きたマックス・ウェーバーは、儒教は資本主義の発展にとって妨げとなる宗教であると考え、資本主義の基礎にあるのは、個人の自発性を重んじるプロテスタンティズムの倫理であると論じた。けれども日本では、革新化した儒教がすでに資本主義を導いていた。中国から見た場合にも、日本の偉大さはこの儒教の革新にあるだろう。儒教を重んじる現代中国の経済を展望する上でも、大変興味深い論点である。

味読に値する一冊が現れた。