教育投資の有効性に疑義、日本もひとごとではない
評者・北海道大学大学院教授 橋本 努

『大学なんか行っても意味はない? 教育反対の経済学』ブライアン・カプラン 著/月谷真紀 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] Bryan Caplan/米プリンストン大学で博士号を取得後、米ジョージ・メイソン大学助教、准教授を経て、現在経済学部教授。専門は公共経済学、公共選択論など。経済学ブログサイト「EconLog」の執筆者の1人。著書に『選挙の経済学──投票者はなぜ愚策を選ぶのか』など。

大学進学は本当に「お得」なのだろうか。

米国では大学を卒業すれば、期待収入が73%上昇するといわれる。けれども実際、認知能力や人格などの総合的な能力面で、大学を卒業できるレベルの人にとって大学進学はプラスになるとはいえ、それ以下の能力の人が大学に進学しても、かえって損をするというのが本書の分析である。

まっとうな議論にみえるが、この損得計算には前提がある。大学生の就職を決める要因の8割が、大学教育の中身ではなく、大学ブランド(シグナリング)であるという想定である。つまり大学で教える内容の8割が無駄であるという前提の下で成り立つ議論だ。

もしこれが現実であるとすれば、政府は大学教育への補助金を減らすべきではないか、と著者は問う。

大学受験のために必死に勉強した人でも、いったん大学に入ってしまえば、できるだけ楽に単位を取りたいと思うものである。大学で学ぶことの大半は実社会でほとんど役に立たない。いまや米国の大学生たちは、ますます勉強時間を減らし、教員たちもいいかげんに単位を出していると言われていて、そんな大学に国民の税金をつぎ込むのはほとんど無駄遣いである、というのが著者の主張である。