研究での官民分業が必要だが米国のまねは好結果生まず
評者・BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える』清水 洋 著(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] しみず・ひろし/1973年生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士、ノースウエスタン大学歴史学研究科修士、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.取得。早稲田大学商学学術院教授。『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション』で日経・経済図書文化賞と高宮賞受賞。

日本の長期停滞の原因の1つはイノベーション不足だ。本書は、気鋭の経営学者がヒト、モノ、カネの流動化の観点から、それを論じている。

イノベーションはあたかも野生動物のようで、一定の習性はあるが、飼いならすのは困難。抑え込むと本質が失われ、野放しにすると社会を破壊しかねない。米国流をまねても、経済システムが異なるため、よい結果は得られないと述べる。成長戦略を包括的に考えるうえで有益な一冊だ。

米国では既存事業が不採算になると、事業売却や雇用削減で対応し、新事業に容易に転換できる。それが難しい日本では、既存事業と共食いになりかねない破壊的イノベーションは大きなジレンマだ。結局、既存事業の競争力を補強する累積的なイノベーションばかりが追求されるが、それでは収益性を維持できない。

米国を見習い破壊的なイノベーションを目指すべきか。歴史的に見ると、インパクトのあるイノベーションが効果を発現するには数十年という時間を要する。その過程では、補完的な制度の構築を含め、日本が得意とする累積的イノベーションも不可欠だが、過小評価されがちだ。さらに著者の研究では、汎用性の高い技術開発の途中で、商業化を狙って早い段階でスピンアウト競争が始まることが米国では多い。そうなると技術開発の到達点は低位に留(とど)まり、結局、少額の追加投資で済む手近な小ぶり事業ばかりとなって、バブルも起こりやすい。

それが米国の成長の桎梏(しっこく)とならなかったのは、潤沢な国防予算を背景に、国主導で基幹的な研究開発が行われているためだ。基礎研究を民間企業が担う日本でスピンアウト競争が始まると、基礎研究そのものが萎縮することは明らかだろう。近年は、米国でも難易度の低い事業ばかりが増え、イノベーションの枯渇が嘆かれるありさまだ。

それでは、日本の取るべき成長戦略はどのようなものか。まず、教育でイノベーションと補完的な業務に従事する人材を輩出すべきだが、実践的人材育成の名の下、新技術に代替されかねない人材を育成してはいないか。第2に、イノベーションがもたらす経済格差を避けるための包摂的対応も必要だ。ただ、これまでの日本の格差拡大は、既存の正規雇用を守るために非正規雇用を増やしたことが原因で、米国とは原因が異なる。第3に、基礎研究において米国防総省の役割を日本では国公立大学が担うべきだ。が、その予算は削減が進んでいる。

課題は多い。