ナノの次は1兆分の1、飽くなき精密追求の歴史
評者・福井県立大学名誉教授 中沢孝夫

『精密への果てなき道 シリンダーからナノメートルEUVチップへ』サイモン・ウィンチェスター 著/梶山あゆみ 訳(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)
[Profile] Simon Winchester/英オックスフォード大学で地質学を学び、卒業後は資源会社で地質探査を担う。20代半ばでジャーナリストに転身、ガーディアン紙の特派員を務めた後、ノンフィクション作家に。『博士と狂人』『世界を変えた地図』『クラカトアの大噴火』など著書多数。

「精密さ」を追求し続けた“人類の”というか“工学の”歴史を、工作機械をはじめとして、具体的な技術開発や、その開発(発明)に取り組んだ人物の奮闘、時代背景とともに記した1冊。

精密さ、とは「許容される基準値との誤差」(公差)を限りなく小さくする営為である。

例えば、旋盤は古代エジプトで発明されたが、18世紀末に英国で開発された現代の工作機械の先駆の公差は0.0025ミリメートル(1万分の1インチ)であったという(むろん、公差を測る機器も開発されていた)。これは1マイクロメートル(100万分の1メートル、1ミクロン)の2.5倍だが、現代でも十分に通用する数値である。評者が1990年前後に、ものづくりの職場調査を始めたころ、ミクロンレベルの加工というのは精密さの代名詞であった。

しかし、今はどうだろう。著者は半導体の世界に読者を誘う。71年のインテル製マイクロプロセッサ内のトランジスタの幅は10マイクロメートル(髪の毛の太さの10分の1)であったという。それが85年には1マイクロメートルにまで下がり、現在では14ナノメートルとのことである。ナノは10億分の1。それが私たちの身近なコンピュータの小ささ、手軽さの基礎になっている。思い返してみれば、90年代初めのデスクトップパソコンは机上の多くを占めていた。

モバイル通信機器を見ても、精密化によって、80年代の自動車電話がショルダーバッグのような携帯電話に進化し、その後、現代のケータイ(スマホ)をはじめとする各種端末機器にたどり着いている。その間、小型化にもかかわらず、端末の機能・用途は飛躍的に拡大・多様化し、現在の若者にとって、スマホとは「電話にもなる」機器である。

本書は、ほかにも機関車など蒸気機関の累積的な改良発展、帆船の装備、錠前、さまざまな武器、ロールス・ロイスやフォードなどの自動車、プロペラのない飛行機、カメラのレンズの屈折率、宇宙望遠鏡、時計などの「精密さ」の進化を、人間の「技」の発露として叙述している。

CT(コンピュータ断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴画像装置)などが典型例だが、私たちの暮らしは、「精密さ」の「果てなき」歩みの恩恵に浴している。ミリ、マイクロ、ナノに達した歩みが、もっと小さな単位ピコ(1兆分の1)に至るとき、私たちの暮らしはどうなるのだろう。

精密さの基準としての、「1メートル」の設定、度量衡の国際的な合意や用語集など、本書の目配りは抜かりがない。そして、大部であることを感じさせない翻訳に脱帽である。