人事制度は企業の競争力や生産性に深く関わり、従業員のキャリアにも大きな影響を与える重要なものだ。しかし実際の人事制度の運用は企業風土や現場の長年の慣習、その企業が属する社会の雇用慣行や経済状況に左右されることも多く、仕組みも複雑である。そうした人事制度や雇用慣行を解明する新しい経済学の分野が、「人事経済学」(Personnel Economics)だ。

伝統的な経済学では、企業は労働や資本などの生産要素を投入すれば商品を産出する、機械のようなものと捉えられていた。そのため内部で従業員や経営者がどのように意思決定を行うかという点には、あまり焦点が当てられてこなかった。

しかし、1970年代以降、米スタンフォード大学のエドワード・ラジアー教授らを中心に、ゲーム理論や人的資本理論などを用いて企業内部の人事施策に関連する問題を分析し、企業や従業員の意思決定のメカニズムを解明する研究が始められた。こうした一連の研究が蓄積され、現在では人事経済学は労働経済学の一分野として確立されている。

人事経済学は従業員と企業をともに合理的な意思決定主体と見なし、そのうえで人事制度や施策におけるインセンティブの構造を明らかにする。当初は理論研究が先行し、実証研究が少ないという課題があった。実証研究を行うために必要な企業内の組織構造や人事制度に関する情報は、客観的に捉えることが難しい。また、企業側も開示を望まない傾向があり、企業の外部にいる研究者には容易にアクセスすることができないためだ。

しかし、近年では企業の協力の下、こうした秘匿性の高いデータが徐々に研究者にも提供されるようになり、実証研究が蓄積され始めている。