斎王は、斎宮で天皇の平安を願う日々を送った(提供:三重県立斎宮歴史博物館)

古代から鎌倉時代まで、天皇一代につき原則1人が選ばれ、伊勢神宮に仕えた未婚の皇族女性がいた。この皇女を、斎王(伊勢斎王)という。

三重県・明和町(めいわちょう)に所在した斎王の住む宮殿を斎宮(さいくう)といい、転じて斎王本人のことを指す場合もある。天皇制にとって、斎王の派遣はどのような意味を持ったのか。

そのヒントは、斎王が選ばれた際に、伊勢神宮に対して詠む祝詞にある。ここには「天皇が天地日月と共に平安であることを祈願して、斎王を送る」と記されている。つまり、天皇の長寿と国家繁栄を願うことが斎王の役目だった。斎王の務めは、伊勢神宮から10キロメートルほど離れた斎宮で潔斎の日々を送ること。1年に3回だけ、伊勢神宮のお祭りである「三節祭(さんせつさい)」(9月の神嘗(かんなめ)祭、6月、12月の月次祭(つきなみさい))に赴き、神宮を拝した。

斎宮制度の起源は、天照大神(あまてらすおおみかみ)信仰の確立期に当たる7世紀にさかのぼる。天皇の即位から交替に対応して在任した初例は、天武天皇代の大来(おおく)皇女である(在任期間は673~686年)。背景には、天武が前年の壬申の乱で天照大神を望拝したことや、伊勢神宮の神風が勝利を導いたとの意識があった。