(撮影:梅谷秀司)

「象を動かすのは、社長1人になっていた」

企業には、組織改編がつきものだ。成長し、規模が大きくなれば、当然、それに見合う組織に編成し直す必要がある。

ただし、絶対的組織というものはない。成長度合い、経営環境、技術の進展などに合わせて、最適な姿をつねに模索し続けなければならない。

トヨタ自動車の組織改編で記憶に残るのは、バブル絶頂期の1989年の「フラット化」と呼ばれる改正だ。課長職を廃止し、プロジェクトマネージャー制を導入した。90年以降は、クルマづくりのスピードアップのため、技術部門を4つの「開発センター」に分割再編し、組織の活性化を図った。

【フラット化】1980年代末以降、多くの企業が組織のフラット化に取り組んだ。トヨタは「部・課・係」のピラミッド型組織から複数の課を大ぐくりして「室」としたほか、職位で呼ばない「さんづけ」や「ハンコ3つ運動」などを行った。

ところが、歴史は繰り返される。一度スリム化した組織は、2000年代初頭の成長路線を経て、再び膨らみ続け、“重くて遅い組織”になった。

豊田章男は、社長に就任して3年目の11年に「地域主体経営」、13年に「ビジネスユニット制」を導入した。しかし、年間世界生産・販売台数1000万台の規模を抱えつつ、章男の目指す「もっといいクルマづくり」を推進する体制としては、不十分だった。