みなみ・あきら 1979年生まれ。2002年に朝日新聞社入社。08年から東京政治部、大阪社会部で政治取材を担当。橋下徹大阪市長(当時)とのやり取りは話題に。18年秋から新聞労連に出向。共著に『ルポ 橋下徹』『権力の「背信」 「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。(撮影:今井康一)

会見場でもっと質問し、記者の存在意義の訴求を

指名権を盾に指名を後回しにして、公務を理由に質問を制限、意に沿わない質問には「問題行為」のレッテルを張る──。官房長官会見で「きちんとした回答」を求める東京新聞社会部、望月衣塑子記者への官邸の対応だ。日本が「あそこで何とかできなかったか」と後悔したのが満州事変。望月記者をめぐる問題が事変でなければいいのだが。

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──首相への取材機会が少ない。

旧首相官邸は記者が執務室の前まで行け、面会者もわかったし、移動中の首相をつかまえて話も聞けた。新官邸では警備上の理由からそれができず、当時の小泉首相は1日2回のいわゆるぶら下がり取材に応じました。テレビを入れ、国民に語りかけるという印象を作ったが、後任には荷が重かった。

──ぶら下がりが必要と言うのは鳩山さんくらいですね。

彼はサービス精神が旺盛で、同じ質問に同じ言い回しで答えると記者に悪いと思って、言い回しを変えたら「発言がぶれる」と命取りになった。「ぶら下がりは危ない」と認識され、縮小へ。東日本大震災への対応を理由に中断していたぶら下がりを正式にやめたのが野田内閣。私は当時朝日新聞の官房長官番で、首相の説明機会が失われていいのかといった議論をしたが、押し切られた。「あんなことしているのは日本だけ」と官邸に助言したのが、すでに有力政治家とパイプを持つ歴代政治部記者。知る権利の縮小を手助けしたのです。

──戦後築いてきた権力との力関係が、押し込まれて崩れている。