レストラン・飲食店向け予約管理システムで、革新を巻き起こしつつある企業がある。中村仁(なかむら ひとし・49)が起業したトレタだ。IT化が難しかった飲食業界に、予約台帳・顧客台帳サービスを根付かせたとも評される。

きちんとしているけれど、かしこまらない。それが中村の印象だ。部下からも気軽に声をかけられる人柄もあって、オフィスは明るく開放的だ。東京・五反田の本社で(撮影:吉濱篤志)

トレタのシステムを使えば、飲食店の従業員はタブレット端末で予約状況が一目でわかり、手間のかかる配席も容易になる。予約状況がはっきりすれば、食材の仕入れロスが少なくなり、従業員の勤務シフトも効率的に組める。

サービス開始から6年弱で、導入した店舗は1万7000店以上。優れたインターフェースと高い機能性で、他社の追随を許さず、業界ナンバーワンの地位にある。

しかし、簡単な道だったわけではない。飲食業界に情報革命をもたらす経営者となるまでには、絶体絶命のピンチが幾度もあった。

中村は1969年、東京・板橋の印刷業を営む裕福な家に生まれた。埼玉県川越市にある工場では100人以上が働いていた。だが、高校の頃から家業は傾き出す。最新鋭の印刷機械を入れたが、投資に見合う仕事がなく、最後は資金援助を申し出た大手製紙会社に会社を追い出されると、家には借入金のみが残った。

大学3年時に両親が離婚し、家計は母が支えた。93年、立教大社会学部を卒業し、松下電器産業(現パナソニック)に就職する。会社経営なんてまっぴら。安定した大企業に勤めたいと考えるようになっていた。

もっとも安定だけを求めたわけではない。人の生活に寄り添い、ライフスタイルを新しく創造することをライフワークにしたい。ソニーが米コロンビア映画を、松下が米MCAを傘下に収めた日本家電の絶頂期、新たな娯楽を世の中にもたらす仕事を自分の手で進めたいと思った。

恵まれた生活でも心は晴れず。想定外の飲食店経営

松下では、テレビ事業部の新規事業を担う映像システム開発部門に配属された。ところが時代は、パソコンがデジタルの映像や音楽を扱う「マルチメディア時代」へと突入しようとしていた。

デジタル時代を確信し、その可能性に賭けた中村は「ここにこそ未来がある」と、関連部署への異動を願い出るが、かなわない。

そこでデジタル映像技術を学ぶため私費留学をしようと本気で英語を学び始めた。そんな中で出合ったのが有力広告会社、米オグルヴィ・アンド・メイザーだ。

多くのテック企業をクライアントに持つこの会社なら、英語を学びながら、テクノロジーの世界で世の中を変える手伝いができるはず。95年に松下から移籍した。

担当クライアントは日本IBM。上司はウィンドウズ95のキャンペーンを仕掛けた切れ者だった。伸び盛りの日本法人は社内の雰囲気は明るい。待遇もよかった。

ところが中村の心は晴れなかった。米本社から見れば日本法人はローカルの一拠点にすぎない。いくら自分が業績を上げても先は見えている。ITビジネスへの理解を深めたことは収穫だったが、ここに居場所はない。3年半でオグルヴィを去った。