(イラスト:谷山彩子)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。「天才」の代名詞としてよく名の挙がる作曲家ですが、その創造性を単に「天才だったから」で片付けてしまっては後世に生きる私たちにとっての学びはありません。実際、モーツァルトの創造性は「生まれ持っての才能」と「生まれた後の環境」によって育まれたと考えるべきです。モーツァルトと同様の才能を持って生まれた人物はかつて数え切れないほどにいたはずですが、彼ほど恵まれた環境にあった人物は一人もいませんでした。モーツァルトという孤高の存在は、「環境の産物だ」と考えることができるのです。ではどのような環境要因がその才能を伸ばしたのか。

旅をすることの意味

モーツァルトの生涯を俯瞰したとき、改めて感じられるのが、その「旅」の多さです。35歳で没するまでの旅の期間は累計して10年以上、人生のほぼ3分の1は旅の途上にありました。これはモーツァルトの創造性に決定的な影響を与えたと私は思っています。というのも「旅」と「創造性」には極めて強い関係があるからです。本連載ですでに取り上げた安藤忠雄氏は、建築家としてデビューする前にヨーロッパの名建築を巡るツアーを敢行して、建築の糧となる感性を磨いており、その後も事あるごとに「旅に出ろ」と発言しています。あるいは吉田松陰もまた、旅を学びの場と考え、書物による勉強をある時期でやめてしまった後は「人に会って人から学ぶ」ということを徹底した人物でした。

旅の効果は経営学の世界でも同様に認識されていることらしく、例えば先般対談させていただいた早稲田大学の入山章栄教授は、筆者からの「創造性を左右する要因は何ですか」という質問に対して、「個人の創造性はその人の累積移動距離に比例するのではないか」という極めて興味深い仮説を述べておられました。この指摘もまた、モーツァルトの創造性がその「旅の多さ」によって引き出されたという仮説を補強する見解です。