(撮影:尾形文繁)
読売新聞主筆である渡邉恒雄氏は93歳の今も、読売新聞の社論を取りまとめる要の役割を果たしている。歴代の首相とも交流があった同氏は、現在の政治の課題とメディア経営の未来について、どのように考えているのだろうか。

 

――本日はよろしくお願いします。私は2011年1月、メディアとしては最後に氏家齊一郎さんに取材しました(同年3月に死去)。氏家さんは学生時代からの盟友ですね。

氏家か、懐かしいねえ。

故・氏家齊一郎氏のインタビュー記事を前にして(撮影:尾形文繁)

――2つのテーマで伺います。まず、政治です。渡邉さんが『反ポピュリズム論』を上梓したのが2012年で、それ以降も政治は激しく変化してきました。今の政治の課題は何でしょうか。2点目はメディアの経営について伺います。

はい、どうぞ。

安倍首相との会談で話したこととは?

――まずは政治の課題から。6月17日夜に安倍首相と2時間ほど会食していますね。どのようなお話を?

解散とか景気の話、いろいろ聞こうと思ったら、会うやいなやおじいさん、お父さんの話になっちゃってさ。僕は安倍晋太郎さん、岸信介さんとも親しかったからね。安倍晋太郎さんは『毎日新聞』の記者だったから、記者クラブでは席をならべており非常に親しかった。その頃の思い出をしゃべりはじめたら、気がついたら2時間たっていた。解散も何も聞くのを忘れちゃったよ。昔話ばっかりしていたら、二人とも面白くなっちゃって、いろいろな話をしたね。

さて、政治の課題か。僕が政治記者になったのは吉田内閣のとき。今日に至るまで政治記者一筋だと思っているが、政治記者にとって、こんなに楽で怠けていられる時代はなかったね。だから今の政治記者はほうっておけばダメになるんじゃないかね。苦労してないから。

――どういうことでしょうか。

つまり昔は、吉田茂がいつ倒れるか、ということで鳩山一郎が虎視眈々とねらっている。鳩山内閣ができたら、石橋湛山さんが虎視眈々。石橋さんが天下を取ったら病気ですぐ倒れちゃった。そうしたら当然のこととして岸信介さんが天下を取った。岸さんも人気がある人じゃなかったから、そのあと池田勇人、佐藤栄作、田中角栄と次々と天下を狙っていくわけで、絶えず時の総理にはライバルがいたよね。それで田中の後には三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸が間に入ったけど、中曽根(康弘)さんが満を持して待っていて、5年ぐらい長期政権をやった。そのあとはずっと短期だった。

比較的長期続いた小泉内閣があったが、あのときは非常に荒っぽい経済の動きがあった。われわれは経済の荒っぽい動きを追いながら、この内閣はいつ倒れて、次は誰が天下を取るか、と考えていた。戦々恐々、朝晩気をつけていた。心休まる日はなかったね、政治記者は。ところが安倍さんになってからライバルがいなくなっちゃった。

安倍政権は10年続く

――そもそも安倍さんを引きずり下ろそうという動きが与党内にないわけですね。

佐藤さんの7年政権も長かった。でもなぜ長かったというと、ライバルがみな死んだんだよ。河野一郎、大野伴睦、池田勇人のような彼のライバルらしい政治家が、全部死んじゃった。だから彼は7年も続いたんです。理由はそれだけだ。今の安倍さんは長期政権になっているよね。10年いくかもしれない。史上最長になるかもしれない。

――4選もありうると。

本人の意思次第ではあるが、4選は行くでしょう。しかし安倍さんは、なんでこんなに長期政権になったのか。ライバルが死んだわけではなくて、ライバルがもともといないんだよ。せいぜい岸田(文雄)君ぐらい。菅(義偉)官房長官も次を狙っているのかもしれないが、ライバルというようなものではない。安倍さんにはライバルいないんだ。だからこんな長続きした。

――政治の緊張感が欠けている可能性がある。

政治の緊張感もないし、政治記者だってそう。今は朝駆けをやる必要がないね。僕らのときは、朝6時に起きて政治家の家に行きました。お客の来る前から行って、夜は遅く帰ってくるのを待っていましたよ。今は、もうそんなことする必要ないんじゃないか。だって何も起きない。特ダネを、政治ダネを抜いた、抜かれたっていうことが、今の政治では起きない。

つまり、今の政治には政局がない。現政権を転覆して次を取ろうと思う者が現れれば、それが政局になるけど、そんな人はいない。もし政局になるとすれば経済だけど、経済も大きな変化が起きているわけではない。安倍さんは2012年の12月に首相になってからというもの、株価が落ちこんだり、失業率が高まったり、ということが起きているわけではないからね。

そもそも平成の30年はとてもいい時代だったと思う。昭和というのは、国民にとって極めて悪い時代で、嫌な時代だった。64年続いたかな、僕は大正15年、昭和元年生まれだからね、もろに昭和を全部味わった。

昭和が嫌だったのは、戦争があったからだ。戦争が始まって、負けて、負けたあとの占領時代があって、そこから焼け野原のなかから現在の富を築いたんだ。ここまでに相当、日本人は努力しなきゃいけなかった。ちょうど戦争に向かうまでの間が、僕は成長期だった。だから、昭和はひどい時代だと思うんだ。でも平成の30年というものは、何もないといっていいぐらいだと思うよ。

「戦争がなかった平成は本当にいい時代だった」(撮影:尾形文繁)

日本人はかつてないほど幸せ

――平成時代にもバブル崩壊などいろいろなことがありました。

まったくないわけではないが、僕からみると、ほとんどないに等しい。振り返れば平成元年の年末にバブルのピークがあった。この年はベルリンの壁が崩壊したし、その後、ソ連邦も崩壊した。社会主義大国が地球からなくなるんだ。もちろん中国はあったけど、中国は社会主義大国というよりも後進国であって、我々に圧力を加えて日中戦争なんて起こる心配はなかった。ここまでうまくやってきたと思います。だから、平成の30年とはなにかといえば、まずは戦争がない。昭和と違って、戦争がまったくない。

――日本にとってということですね?

もちろん世界では戦争が起きているが、大きな世界戦争は起きていないし、日本が巻きこまれなかった。それから経済は比較的安定していた。もちろんバブル崩壊があったし、不良債権処理の問題などで大企業の倒産というものが若干あった。しかし、昭和恐慌のようなものではない。

昭和恐慌というものはすごいものだった。家のないような人がそこらじゅうにいるような状態だったからね。昭和恐慌だけじゃなしに、終戦直後もそうでしたよ。

ところが今、どこに行ってもいない。だから今の経済のレベルについて、不景気だとか成長力が弱いということを言うんだけれども、生活水準は確実に良くなっている。だけど、大きな変化がないので幸福感を覚えない。みんな贅沢しているんだ、昭和の嫌な時代に比べれば。だけど、自覚しない幸福を味わっているんだよな。僕は、それはいいことだと思うんですよ。

平成期の主要な経済データを書き込んだメモを片手に話す渡邉氏(撮影:尾形文繁)

――GDP成長が低調な理由をどう考えますか。いろいろな見方があるとは思いますが。

理由のひとつは輸出依存であり続けていること。輸出をするから経済規模は少しずつでも成長をする。しかし国内で、それが消費されているんじゃない。国内は貯蓄過剰。日本は、個人も企業も全部貯蓄過剰ですよ。あとで経営の話にもなると思いますが、読売新聞も貯蓄過剰もいいところだよ。俺が入社してから借金がないことはなかったんだ。ピーク時の借金は1600億円を超していたからね。それを全部返して、今はそれと同じくらい内部留保している現金がありますよ。

もちろん他紙にそれだけの内部留保あるかというと、そうではない。みんながいいわけじゃないけど、どうも僕は不況という話は実感できないんだな。

――インターネット技術によって、消費者は無料でどんどん豊かな体験をできるようになっている。豊かになっているんだけれども、それが目に見えるものではない。

今はデジタル化しているから、お金じゃらじゃらじゃない。昔は景気がよくなると財布が重くなった。ポケットが厚くなった。お札でね。

でも今は、カードかなんかでいっちゃうからね。あまり現金経済じゃないから、目に見えて何か貯まったという感じはしないというところもあると思うね。

――デフレ傾向が続いていることについてはどう思いますか。

デフレではないな。今はインフレでないっていうだけなんだ。われわれは昭和の戦争中、戦後にインフレを経験しているけれども、インフレほど怖いものはなかったね。貯めたものは、どんどん値打ちは下がっていくし、どんどん物価は上がるし。そんな時代に比べると、物価はまるで上がらない。ものの価格は下がる一方じゃないかと思うぐらいだ。だから、これはいい世の中なんですよ。