(イラスト:谷山彩子)

20世紀のアートの世界において「最もクールなアーティスト」は誰か。人によってその答えはまちまちだと思いますが、多くのアート関係者はマルセル・デュシャンの名を挙げるのではないでしょうか。美術史になじみのない人にとって、マルセル・デュシャンの名を耳にすることはそう多くないかもしれません。ここで美術史的にその生涯の概略を述べておきましょう。

デュシャンは1887年、フランスのノルマンディー地方の裕福な家庭に生まれ、20代の後半で渡米。以後は欧州と米国を行き来しながら最終的には米国籍を取得し、1968年に亡くなっています。いわゆるニューヨーク・ダダの中心的人物として、「コンセプチュアル・アート」や光学や錯視などの効果を用いた「オプ・アート」など、後の現代アートの先駆けといえる作品を数多く手がけ、20世紀の美術に最も影響を与えた作家の一人です。

さて、デュシャンにはほかのアーティストと決定的に異なるポストモダン的な特徴があります。それは、作品らしい作品がほとんど残っていないということです。デュシャンが絵画などを作っていたのは20代後半までで、その後はアート作品の制作をほとんどやめてしまいます。しかし、彼が高く評価されているのは、アート作品の制作をほとんどしなくなった30代以降の「仕事」によるものです。何だ、ちゃんと仕事をしているじゃないかと思われるかもしれませんが、現代を生きる私たちはその仕事を見ることができません。なぜなら、それらの多くは紛失したり廃棄されたりして残っていないからです。作品としての現物はほとんど残っていないのに、作品の背景にある「コンセプト」が価値を発揮し続けている。これは「モノの価値が減損する」という、極めてポストモダン的な価値観を表す現象といえます。