みなとみらい21地区の再開発は、足かけ36年におよび現在も進行中(gandhi / PIXTA)

「平成バブル崩壊後、開発が停滞した。2000年代後半は公募をかけても手を挙げる会社があまりなかった」と振り返るのは、横浜市都市整備局みなとみらい21推進課長の遠藤拓也氏だ。

横浜駅から桜木町駅の東側臨海部に位置する「みなとみらい21」(MM21)地区では、三菱重工業横浜造船所が1983年に移転した跡地の開発計画が、横浜市主導で進められている。足かけ36年になる。土地利用面積は186ヘクタール、東京ドーム約40個分に及ぶ。

平成バブル景気とその余熱で、90年代前半までは新施設が続々と完成した。しかし、バブル崩壊で停滞。その後も大型マンションの計画は進むものの、オフィスの計画は思うように決まらなかった。

その苦境を救ったのが、09年にオープンした日産自動車グローバル本社だった。「東京・銀座の世界的自動車メーカー本社の引っ越し先は横浜」ということで企業への宣伝効果は抜群。以後、「開発街区の公募をかけると、多くの企業が応じてくれるようになった」(遠藤氏)という。

開発の進捗率は19年1月時点で90%。さらに3月28日、敷地面積約2ヘクタールの53街区(下図左上、新高島駅前)の開発計画が決まり、進捗率は93%に達した。53街区はオフィス、ホテル、オープンイノベーションスペースなどからなる大型複合ビル。大手ゼネコン大林組を代表企業に、京浜急行電鉄、日鉄興和不動産、ヤマハの4社が、23年竣工予定で開発する。「横浜駅からも近く規模も大きい。音楽に強いヤマハと小ホールなども造り、MM21のさらなるにぎわいを創出したい」(大林組開発推進第三部長の鈴木敬一氏)。