直径1センチメートルの糸で、ジャンボ機を吊るすことができるといわれる天然繊維がある。クモの糸だ。鋼鉄の約340倍の強靭性、ナイロンの約4倍の伸縮性、300度を超える耐熱性を備える。

防弾チョッキなどに使用されるケブラー繊維の10倍の強度を持つスーパー繊維への関心は高く、30年以上前から米軍、NASA(米航空宇宙局)、米化学大手・デュポンなどが人工合成と量産化に挑んできた。今も続くこの開発レースで、トップを走る企業が日本にある。2007年、山形県鶴岡市に設立されたスパイバーだ。

山形県鶴岡市の本社内にあるラボにて。手にしているのが、人口のクモ糸。光沢がありソフトで手触りがいい。タイの工場では生産量が約100倍になる見込み(撮影:尾形文繁)

13年に量産技術を確立し、世界で初めて人工のクモ糸繊維を使用したドレスの試作品を発表した。これまでに投資家やパートナー企業から300億円以上の資金を調達。現在、タイで量産プラントの建設を進めている。商業生産が始まるのは21年とまだ先のことながら、企業価値10億ドル以上の未上場企業「ユニコーン」と目されている。

スパイバーの次世代素材は、世界の産業構造を変える可能性がある。自動車や航空機のメーカーは、炭素繊維強化樹脂を構造部品に用いることで軽量化を図ってきたが、次世代素材を使用すれば、炭素繊維よりも強度と柔軟性が高まり、軽量化も実現できる可能性がある。重量が1%軽くなれば燃費が1%よくなるといわれており、そのインパクトは大きい。

それだけではない。炭素繊維やアパレル業界で使用される化学繊維の主な原料は石油。一方、スパイバーの次世代素材は遺伝子操作した微生物を発酵培養することで得られるタンパク質を原料としており、環境負荷が低い。

24歳でスパイバーを立ち上げた関山和秀(せきやま・かずひで)は、石油を原材料とせず、サステイナブルで、用途が多岐にわたるこの革新的な素材について、ある壮大な目的のための「手段にすぎない」と語る。その目的とは「世界平和」。冗談でも、対外的なポーズでもなく、本気で世界平和を目指す男の歩みをたどろう。