自公の協力関係はいつまで続くか。写真は昨年の公明党大会であいさつする安倍晋三首相(アフロ)

自民党と公明党が与党、野党にかかわらず協力関係にあることは、今や当たり前のことになっている。長らく与党対野党として対立関係にあった両党が、連立政権樹立に向けた協力、連携を本格化させてから20年という年月が流れたので、それは当然なのかもしれない。

1999年5月末、野党だった公明党が、参議院で過半数を割る「ねじれ」に苦しんでいた自民、自由両党の連立政権に協力し、日本周辺で紛争が発生した場合など「周辺事態」の際の米軍に対する自衛隊による後方地域支援などを規定した日米防衛協力のための新指針(ガイドライン)関連法を成立させた。

自衛隊の活動領域を広げる安全保障政策の画期となる法律制定に、1党とはいえ野党が尽力した意味は極めて大きかった。この後も国会での「自自公」の枠組みで、日の丸を国旗、君が代を国歌とする国旗国歌法、通信傍受法を含む組織犯罪対策3法などの重要法案が次々に可決されることになった。いずれも強硬な反対論が存在し、世論を二分する法律であり、野党であった公明党の賛成は、与党にしてみればこれ以上ない支援であった。一方、公明党にしてみれば重要法案の行く末を握っていることを党内外に示すことにつながることになった。

敵同士から運命共同体へ

これらの目に見える実績づくりを経て、公明党はこの年7月の臨時党大会で連立政権入りの方針を決定し、10月には内閣改造を経て与党の一角に加わった。自公の協力関係は選挙にも及び、衆参両院選挙や主要な地方選での緊密な相互支援関係も構築され、現在に至っている。もはや両党は、切っても切れない関係にあるようにも見える。

支持母体、理念、政策が大きく異なり、激しい敵対関係にもあった、いわば「敵」同士が手を結ぶ理由について、自民、公明両党は、「ねじれ」を克服して政治を安定させるとともに、それぞれの政策の実現を目指すことなどを掲げていた。