かつて英国の宰相ウィンストン・チャーチルはこんな名言を放った(とされたが、どうやらそんな根拠はどこにもなく、実はほかの有名人が言い出しっぺだなどと終わりのない議論がある)。

「君が25歳で進歩派でないなら心に問題がある。35歳で保守派でないなら頭に問題がある」

確かに、若者と老人の価値観のズレは政治の常である。有名人の名言を取り上げるまでもなく、親や上司、ご近所さんの子どもを思い浮かべるだけで十分かもしれない。そして世代間の衝突は人類の原動力であって、歴史を塗り替えるのはいつも「若くて無名で貧乏」(毛沢東)なひよっ子だ。老害への怒りとさげすみを胸に革命を起こした若者は、しかし、やがて自ら老害化し、次の世代に葬り去られる。私たちは「葬式のたびに進歩する」(ドイツの物理学者、マックス・プランク)というわけだ。

シルバー民主主義への絶望

しかし、今世紀に入ってから何やら雲行きが怪しい。若者の怒りが“絶望”に変わりつつあるように見える。

老害を葬り去ってくれるはずの葬式がどんどんと先に延び延びになり、政治──というより世界──がゾンビ化した高齢者に占拠される。いわゆる「シルバー民主主義」への絶望である。知り合いの国会議員から「ある政党の青年局が『青年』の定義を『60歳以下』にしようとしている」というホラーを聞いたことがあるほど、政治家がゾンビ化した高齢者の象徴であるように見えることが、この絶望をさらに深めているように見える。