欧州議会選挙では、EU懐疑派の極右「同盟」がイタリアの第一党に躍進した(写真はサルビーニ党首)(ロイター/アフロ)

夏の参議院選挙に向けて、32の1人区で野党候補の一本化がほぼ実現し、市民連合の提案した共通政策についても4野党1会派の党首が合意した。参院選の構図はこれでできた。ただ、衆参同日選挙の有無について、情勢は依然として流動的であり、選挙の展望、意義づけについては次回に譲りたい。

今回は、欧州、米国、日本に共通する国家の能力低下と、それに対する人々の不満を解消できない民主政治の苦境について考えてみたい。欧州では欧州議会選挙で反欧州連合(EU)を唱える右派ポピュリスト勢力が台頭した。米国ではトランプ大統領が中国を相手に貿易、ITをめぐる戦いを仕掛け、かえって株価の低下と世界経済への不安をもたらしている。日本では、21世紀中ごろの社会保障に対する不安が高まっている。いずれも国家の機能低下がもたらした問題である。

私は大学で持っている行政学の講義の中で、国家像の転換という話をしている。いささか図式的だが、19世紀までは経済的自由主義全盛の時代で、アダム・スミスが言ったように政府の役割は防衛と治安維持、インフラストラクチャーの整備に限定されるべきと考えられていた。しかし、20世紀に入って、世界大戦と大恐慌の経験を通して、政府は経済活動に介入し、戦時における戦争、平時における経済成長や完全雇用などの政策目的のために再分配や規制を行った。この変化は、夜警国家から福祉国家への移行ともいわれる。20世紀後半は福祉国家の全盛期で、資本主義経済の下で普通の労働者=市民に一定水準の生活が提供された。

1990年代から福祉国家は崩壊過程に入った。その要因は国によって異なる面もあるが、共通の原因はグローバル資本主義の猛威である。社会主義イデオロギーは地上から消滅し、利益追求が神聖化され、企業は株主利益の最大化を目標に行動するようになった。製造業の途上国への移転も相まって、雇用は劣化した。企業や富裕層は特定の国家に帰属しないので、租税の徴収は困難になる。

欧州では、EU拡大に伴う移民労働者の増加がもともとの国民の反発を招いている。移民も働き、税金を払っているが、本来の国民は移民を福祉国家の正当なメンバーとはみなさない。そこに緊張関係が生じる。日本の場合、90年代以降の経済停滞と21世紀に入ってからの高齢化と人口減少が福祉国家の土台を侵食している。