晴海は明治中期から昭和初期にかけて東京湾に埋め立てられた人工島だ。東京都中央区とその南東部にある江東区との区境に位置する。埋め立て後、太平洋戦争が始まる前年の1940年に「紀元2600年記念日本万国博覧会」の会場として整備されたが、世界情勢の悪化を理由に博覧会は中止された。

戦後は晴海1丁目に東京国際見本市会場が建設され、「東京モーターショー」などさまざまな見本市が開催された。筆者は中央区の明石町で育ったが、晴海で大きな催しがあったときのことを鮮明に記憶している。晴海通りにある勝鬨(かちどき)橋を渡る都営バスが会場に向かう大勢の客で満杯になり、詰め切れない乗客が皆歩いて橋を行き来する姿が日常の光景だった。

東京国際見本市会場は通称「貿易センター」と呼ばれ、夏は屋外プール、冬はドーム館内がアイススケートリンクになった。この場所には晴海団地という大型の団地もあった。当時の日本住宅公団(現UR都市機構)が1950年代後半に開発を進めた高層団地だ。