貿易戦争の政治経済学:資本主義を再構築する
貿易戦争の政治経済学:資本主義を再構築する(ダニ・ロドリック 著/岩本正明 訳/白水社/2400円+税/317ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Dani Rodrik●1957年、トルコ生まれ。米ハーバード大学卒業後、プリンストン大学でPh.D.取得。現在、ハーバード大学ケネディ・スクール教授。専門は国際経済学、経済成長論、政治経済学。著書に『グローバリゼーション・パラドクス』『エコノミクス・ルール』など。

行き過ぎた自由貿易に国内政治が勝った「今」

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

8年前に原著が出版された『グローバリゼーション・パラドクス』は衝撃的な内容で、グローバリゼーションと民主主義、主権国家の3つの同時追求は難しく、このまま先進各国がグローバリゼーションを推進すると、社会は分断され、政治が不安定化すると警告した。その後、英国はEU離脱を国民投票で選択し、今も政治混乱が続く。米国ではトランプ大統領が誕生し、米中貿易戦争が始まった。

本書は、国際経済学の専門家がここ数年の国際社会の大変化を踏まえ、貿易問題や経済成長、民主主義などを幅広く論じたものだ。反自由貿易の書ではないが、近年の貿易自由化は、国民との間で結ばれた社会契約に大きな変更を迫り、行き過ぎと論じる。

経済学者の姿勢も問題視する。経済理論は自由貿易の利益の裏側で、損失を被る産業や労働者が存在することを示すが、自由貿易の利益ばかりが強調され、経済学そのものへの信頼も損なわれたと批判する。所得格差拡大の主因は技術革新である可能性が大だが、貿易の負の側面への言及が避けられたため、自由貿易を犯人と思い込む人も増えた。

多くの専門家は敗者への補償とグローバルガバナンスの強化で対応すべきだと論じてきたが、もはや手遅れと悲観的だ。米国では没落した中間層が小さな政府を志向し政府支出に反対で、欧州では国際機関の官僚機構への不信感が極度に高まるありさまだ。

グローバリゼーションと政治の対立では、損得にかかわらず、最後は政治が勝利する。本書の主張通り、国内の民主主義を重視する、より緩やかなグローバリゼーションしか選択肢はないということか。

自由貿易主義は輸入の恩恵を重視し、重商主義は輸出の恩恵を重視するが、米国が自由貿易路線を採る間は中国と共存が可能だった。今や米国も重商主義に舵を切り、米中激突は避けられないという。

さて、製造業が勃興する局面では生産性が高まるが、脱工業化が進むと、生産性の低い非製造業のシェアが増え、一国の経済成長が鈍る。1990年代以降、脱工業化が進んだ日本で経済成長が滞るのは、非製造業の生産性向上がうまくいかないからだ。

より深刻なのは新興国で、製造業のシェアが高まる前に脱工業化が始まり、一国の生産性が早い段階で頭打ちになるという。ロボティクスやAIの導入で先進国への生産拠点回帰も加わり、30年続いた新興国の時代はついに終焉を迎えるのだろうか。心配だ。