イラスト:関 祐子

平成の時代に急拡大した製薬会社のMR(医薬情報担当者)は、令和の時代になった今、いよいよ正念場を迎えている。

「当時は毎週ゴルフでしたね」。平成初頭をMRとして過ごした製薬会社OBは遠い目で語る。お得意様である医師と週末はゴルフ、夜は宴席と接待に奔走。製品の能書きよりも「どうかお願いします」と頭を下げることに重きを置いていた。「酒に強くて体力があれば、それだけでよかった」(同)──。

あれからおよそ30年。MRを取り巻く環境がこうも一変すると誰が想像できただろうか。

MRといえば、病院の診療室の前にたたずむスーツ姿のビジネスパーソンがおそらくイメージされるだろう。ただ、製品紹介のために1分1秒でも医師と接点を持ちたいと何時間も粘るイメージは、もはや過去のものだ。最近では多くの医療機関がMRの「立ち入り規制」を設け、アポなしで入ることは難しくなった。ある病院関係者によれば、「病院の駐車場に止めてある車の中に、よくMRらしき人が乗っている」という。

もともとMRは「プロパー」(プロパガンダ=広告の略称)と呼ばれ、その名のとおり、医師へ自社製品を売り込んでいた。一昔前には、サンプル製品を大量に追加する、今では考えられない営業手法も横行していた。そういった過去もあり、MRの質の向上は長年の課題だった。その後、検討を経て、1998年に研修や試験を課す「認定制」へ改められた。