新天皇即位を祝う一般参賀に多くの国民が集まった(AFP/アフロ)

2019年4月から5月にかけての天皇退位と新天皇即位のプロセスは、見事なほど滑らかであった。もしこれが崩御と即位という近代天皇制の慣行に基づいたプロセスであれば、先の天皇への哀悼の念が深く漂い、その存在感が新天皇以上に際立ったのではないだろうか。ところが、今回は退位した天皇は健在で上皇となり、国民は安心して新天皇を迎える段取りになった。そのためか、即位後の諸行事を見ていても、かつての上皇の役割を新天皇が果たしていると、ごく自然に感じられたのである。

これを裏書きするのが、新天皇の即位の言葉が上皇の即位時をなぞる形をとり、時代を継承する意思を明確にしたことだ。現憲法を守りながら、その枠の中で国と国民統合の象徴としての役割を果たすという宣言は、現在の安定した天皇と政治との関係がそのまま継承されることを保証したものであった。それこそ国民の多くが求める天皇の姿であり、その後の各種世論調査でも、現在の天皇制を支持する声が全体の7割ほどと圧倒的である。

しかも、タイミングが絶妙であった。当初5月1日の代替わりは宮内庁と政府との間で、その可否をめぐって意見対立があったと伝えられていた。年末か年度末という切れ目のよいタイミングでの代替わりが望ましいという意見が、宮中では根強くあったもようである。だが、5月の連休を延ばして10連休となり、政治・経済の動きは国内ではほぼ沈静した。

さらに国外との関係では、ちょうどキリスト教国の復活祭が4月21日ないしは28日であり、前後に休みを取ることが諸国の国民的慣行であることから、この復活祭の休暇と日本の10連休とはほぼ連なっていた。そのため、政治的に大きな動きが国内外でなかったのである。その分、世界のメディアも天皇の代替わりに一定の注目を寄せて、その意義を、とくに奇異の目で見ることなく正確に報じた。ポピュリズムが席巻し、動揺を続ける世界の中で、かくも安定的な内外の環境の下で代替わりが実現したのである。

もっとも、10月に即位礼正殿の儀や即位パレードが行われ、11月に大嘗祭がある。この時期まで世界情勢が静穏のままだとまではいえないだろう。むしろ、今後ますます混迷する情勢こそが、新天皇の時代である。その意味では、即位直後の静かな環境は僥倖とみるべきかもしれない。