

ジョブズとの二人三脚とその後。爽快な読後感!
評者 東洋英和女学院大学客員教授 中岡 望
大のアニメファンである評者にとって、初めて3Dグラフィックス技術のみで制作された長編アニメ『トイ・ストーリー』は衝撃的だった。セル画のアニメにはない、登場人物の動きや色合いの自然さに興奮した。これを作ったのが、スティーブ・ジョブズがオーナーのピクサーだ。
1994年、著者がジョブズから1本の電話を受けるところから本書は始まる。ピクサーは、優れたコンピューター技術を持つシリコンバレーの企業と魅力的な物語を語るハリウッドの企業を融合させたようなベンチャー企業だ。だが、まさに『トイ・ストーリー』の制作に手間取り、巨額の赤字を垂れ流していた。
ジョブズは、ピクサーを立て直し株式公開を実現できる人材を探していた。当時ピクサーは「あちこちさまようばかりで、進むべき道さえ見えていなかった」。だが、会社を訪問した著者は、「想像もできないほどクリエイティブで技術的な魔法」を経験し、ジョブズのオファーを受け、最高財務責任者に就任する。
ストックオプションを導入して社員の志気を高めるなどの手を打ち、株式公開も視野に入る。が、作品は1つも世に出ていない。モルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスは幹事依頼を門前払い、技術に強い投資銀行をなんとか幹事に据える。95年11月、封切られた『トイ・ストーリー』は大好評を博し、翌週の株式公開も大成功を収める。
その後もヒット作を連発、株価は上昇を続けた。2005年、著者は「ピクサーの価値は成層圏まで上がっており保つのは難しい」と判断し、ジョブズと相談して当初から関係のあったディズニーに売却することを決める。ここまでなら、よくあるベンチャー企業の成功物語だ。

だが、話は終わらない。原著のタイトルは『To Pixar and Beyond』(『トイ・ストーリー』のせりふのもじり)である。ピクサーの経営から身を引いた著者の、その後の人生が語られる。著者は「成功ばかり求めていたら、病気や加齢で能力が落ちたときどうなってしまうのだろうか」と自問し、「企業から離れ、心から求める答えを探し歩くときがきた」と決心。そして哲学や宗教を学び、やがてサンフランシスコに瞑想センターを設立する。確かにBeyondだ。
本書はいろいろな読み方が可能だ。ベンチャー企業の成功物語、著者とジョブズの交流物語。経営者の生き方の物語としても読める。どう読んでも読後感は爽快である。