道化を自ら進んで演じているのだという。茶髪に、首回りがゆるい服装、左手の親指には銀ラメのマニキュアがキラキラと光っている。ナルシストで、偏屈で、マザコンで……さらには年齢も非公表。通称だった「雄純」に戸籍上も改名してしまった。自意識過剰で、付き合うと面倒そうな雰囲気がプンプンしている。

しかし、実は人付き合いの達人であり、人脈は広い。彼が泳ぎ回るフィールドは多彩だ。

ざっと肩書を並べるだけでも、慶応大学の特任准教授、鯖江市役所JK課などの地方創生プロデューサー、会社代表として企業文化や企業ブランディングの活性化を担う仕掛け人、最近ではテレビやラジオのコメンテーターの仕事も増えている。ただし、どの肩書を見ても仕事の内容はつかみどころがない。若新雄純(わかしん・ゆうじゅん)とは、いったい何者なのか。

慶応大学SFCにあるロッジ風の研究棟にて。若新は、エキセントリックな若手研究者を発掘・奨励するプロジェクトのリーダーを務めている(写真:大澤 誠)

若新は信号機も自動販売機もないような、福井県若狭町の山村に生まれ育った。両親は学校の先生だった。中学生のときに、ビジュアル系バンドにハマり、音楽活動に熱中する。同時に、ナルシスティックな性格にも気づいて鏡を見てばかりの日々を過ごした。

地頭(じあたま)は悪くなかったため地域一番の公立高校に進学。しかし、勉強は大嫌いだった。高校卒業後に、福井市内でテレホンアポインターの仕事を見つける。給料はよかったが、その内容は虚構の世界。「このままでは人間がダメになる」と奮起して、1997年に新設された、県立宮城大学に進学する。

学園祭で「ナルシスト狂宴」という自己陶酔をテーマにしたイベントを立ち上げ、すぐに学内では知らない人がいない存在に。

「ナルシスト狂宴は 一見何の価値があるかわからない企画です。ダンスでも軽音楽サークルでもない。90年代のビジュアル系のスタイルで造花のバラをくわえて陶酔しながら歌って踊るだけ。思えばその頃から、自分がステージに立つ意味を開拓していました」

異能の存在、佐藤崇弘と出会い、学生時代に起業