(撮影:尾形文繁)

豊田章男は、2009年6月、トヨタ自動車代表取締役社長に就任した。しかし、大赤字の下での船出である。社長のいすの座り心地はよいものではなかった。

新体制とはいえ、9人の代表取締役のうち53歳の章男を除く全員が60歳以上だった。社長の上には、実父である名誉会長の豊田章一郎を筆頭に、代表取締役会長の張富士夫、代表取締役副会長の渡辺捷昭、同・岡本一雄が鎮座。奥田碩や木下光男ら、大物相談役も複数おり、章男は、いったいどれだけの権限を持っているのかと思われた。

「章男さんを社長に」──は、豊田家の総意である。世襲とはいえ、いや、世襲であるがゆえに、就任当初の環境は、試練に満ちていた。

当時、株主、グループ会社、サプライヤー、トヨタの役員や役員OB、社員さえ、さめた目で章男を見ていた。

「現場にいちばん近い社長になりたい」

章男は、社長昇格を発表する09年1月の会見で、彼らに向けて、そう語った。

「お手並み拝見」と眺める関係者を前に、あまりにも無防備で、拍子抜けするメッセージだった。考えようによっては、これほどわかりやすい言葉はないのだが、「現場に近い社長」とは、いささか志が低いようにも思われた。中には、もっと社長らしく、高尚な経営ビジョンを語ってもいいのではないか、と疑問を呈した人もいた。

はたして、章男の真意は、どこにあったのか。