日本の刑事裁判には独特の文化がある。通常の刑事事件では警察に逮捕されるが、政治家や官僚、あるいは大企業幹部は、東京地方検察庁特別捜査部に逮捕されることが多い。筆者は2002年5月14日、当時勤務していた外務省外交史料館で東京地方検察庁特別捜査部の検察官によって逮捕され、東京拘置所の独房に512日間勾留された。このような経験を踏まえて、3月6日、日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏(当時64)が東京拘置所から保釈された件について考察してみたい。

真理は細部に宿るので、ゴーン氏が保釈されたときの状況についても考察してみよう。〈ゴーン元会長は6日午後4時半ごろ、作業着のような服装に帽子、眼鏡、マスク姿で拘置所玄関に現れた。周囲を係官に囲まれながらしっかりした足取りで歩き、駐車していた軽自動車に乗り込んで拘置所を後にした〉(3月6日「日本経済新聞」電子版)。ゴーン氏が変装しないでも済むような態勢を東京拘置所は整えることができたはずだ。東京拘置所の地下に駐車場があるので、そこからゴーン氏をワゴン車の後部座席に乗せ、周囲を分厚い遮光カーテンで遮断すれば、強いフラッシュをたいても写真撮影は不可能だ。東京拘置所が容易にゴーン氏の姿を撮影できるような場所を出口に指定したので、弁護側としても変装という手段をとらざるをえなかったのだと思う。ちなみに筆者が03年10月8日に保釈になったときは、拘置所職員が「カメラマンが控えているので、裏口から出ましょう」と言って、通用門から外に出してくれた。したがって、車に乗り込むときの筆者の様子は撮られなかった。今回、拘置所は筆者に対して行ったような配慮をゴーン氏にはしなかったようだ。

勾留直後は、精神的にも体力的にも消耗している。さらに写真や動画を撮られると、手を動かす、視線を合わせる、そらせるなどのささいな動作について悪意を伴った解釈とともに報じられる。写真や動画を撮られないことが、被告人にとっては利益だ。だから、弁護団はさまざまな知恵を働かせるのだ。