2月2日、ホテル日航奈良にサッカーファンが100人ほど詰めかけていた。お目当ては、日本フットボールリーグ(JFL)に所属する奈良クラブの新ユニホーム、新加入選手の発表会だった。お披露目されたユニホームは、江戸時代に「西の大和絣(やまとがすり)」といわれていた奈良に伝わる織物の技法をモチーフにしたもの。欧州風のデザインが主流の日本サッカー界で、地元の歴史を背景にした「和」のテイストを前面に押し出したユニホームを採用しているクラブは珍しい。

仕掛け人は、昨年11月、奈良クラブの新社長に就任した中川政七(なかがわ・まさしち)だ。江戸時代に奈良で創業された老舗、中川政七商店の13代目にして現会長である。

奈良クラブ社長の仕事が「楽しくて仕方がない」と語る。撮影は東京・表参道にある中川政七商店の店舗にて。現代風にアレンジされた各地の工芸品が並ぶ(写真:今 祥雄)

肩書だけを見ると、お金持ちの若旦那が道楽でサッカークラブの経営を始めたと思われるかもしれないが、そうではない。富士通を経て2002年、28歳で奈良に戻った中川は、麻織物を中心とした製造・卸業だった家業を、生活雑貨の製造・販売を手がける小売業に転換。日本各地の工芸品に現代的な機能とデザインを加えた商品を次々とプロデュースし、ヒットを連発した。その手腕は高く評価され、「ポーター賞」「日本イノベーター大賞」を受賞した気鋭の経営者である。

中川は昨年3月、中川政七商店の社長の座を後任に譲り、43歳で経営の最前線から退いた。その後の動向が注目されていた中での、奈良クラブの社長就任だった。

奈良クラブはスタジアムがファンで埋まるような人気クラブではない。Jリーグを目指すプロとセミプロ、アマチュアが混在するJFLに所属する地方の無名クラブにすぎない。なぜ、新天地として奈良クラブを選んだのか。これから何をしようとしているのか。まずは中川の足跡を振り返ろう。そこにヒントがある。